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ぶらりごろりぱくり

今日の夜明け前、今年初めてホトトギスの声が聴こえた。
ホトトギスの声を耳にすると、いつも国東へ着いた日のことを思い出す。
5月12日。
7年前の今日、僕は東京を離れた。
4年前の今日、僕とカミさんは大分から飛行機に乗って今の家を見に来た。
このブログはいつの間にやら猫ブログになってしまったけれど、
国東で6匹の猫と出会わなければ、
今でも愚痴と恨みごとを綴る陰湿なブログのままだったと思うw

その7年の経緯がどうだったにせよ、僕は今、
東京ではなく伊豆半島の隅っこに暮らしている。
人生の大きな転換点というものは不可抗力に背中を押された方が体験し易いものだ。
その結果が良いものになるか否かは誰にも分からないし、
イイ歳をこいてそんな無謀な賭けに出るのが賢いことだとも思えない。
けれどあの日から7年経って一つシミジミと思うことは、
人の生き方みたいなものは変えようと自ら強く望むか、
抗し難い力で背中を押されない限りは変わらないんだということ。
その証に7年前僕の周りにいた人たちは、今も7年前とほとんど変わらなく暮らしている。
僕もあのまま東京の片隅にいたなら、今も7年前と何一つ変わっていなかったように思う。

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一昨日、大分の新聞社から本のことで取材をしたいと連絡があったそうな。
僕はもう国東には住んでいないんですよ、と思ったがそれでもいいらしい。
ここで暮らしているとときどき誰かに尋ねられることがある。
「もう大分へは戻らないんですか?」
東京ではなく大分へ戻らないのかと問われる。
僕はいつもへへへと笑ってごまかす。
7年前のことを思えば明日や、半年後や、一年後に何が起こるかなんて、
誰にも分かりゃしないのだ。

人間至る所青山あり。
あの空も、あの海も、世界中どこかで繋がっているんだぜ。
どこにいたって大して変わらんよ。

海を見ていた午後 - 山本潤子
ご近所さんから業務用イチゴというのをもらったので、
いつものおっちゃんケーキ屋のオムレットに乗せてみた。
こういうタイプの洋菓子はフランス語でオエ・ト・ナールと呼ばれていて、
3分の1ぐらい食っただけでオエッとなるのだw

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業務用イチゴのどこか業務用なのか僕にはよく分からんのだが、
すごくでかくて、すごく甘くて、すごく赤いということは確かだ。
なんでもペンションとかホテルとかが仕入れるものなんだらしい。
しかし生クリームに負けないぐらい甘いってのもすげえよな。
あと、この見た目の破壊力 (´・_・`)

昨日は外仕事で沼津港へ行ってきた。
いちおう平日とはいえ大型連休の中日でとにかくすごい数の人。
停める場所を探す車が道と路地と店の軒先に溢れ、
その間を人の波が流れている。
なんかこういう光景見たことあるなあ、と思っていたんだがアレだ、
日曜の竹下通りとかの人口密度そっくりだった。
ひでじくん、田舎者は今週は家でじっとしていような。

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明日は垣根の剪定でもすっか。
庭の人工池や大火鉢にはメダカさんがたくさんいるんだけれど、
家の中に置いてある直径20センチ余りの小さな手あぶり火鉢には4匹だけ。
1リットルの水に1匹ぐらいが理想なんだそうな。

この4匹の中に1匹だけ他より身体の小さなメダカがいる。
で、毎朝パラパラパラとメダカフードを振り撒いてやると4匹が一斉に
食べ始めるのだが、一番のチビが食べようとすると大きな奴が邪魔するんだわ。
食べきれないほど餌を入れてもやっぱり追いかけ回されてチビは食えない。
だからいつまでたってもチビのまま。
そしてチビは泳ぎ回ることもせず、いつも水草の根に隠れてじっとしている。

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よおく観察していると追いかけ回しているのはいつも同じデカメダカなのだ。
そいつがいわゆるいじめっ子。今風にいうとパワハラ上司みたいにクソな奴だw
我が家の次女であるぷーは正真正銘のいじめられっ子で、
たぶんこういった類の子からは周囲に対して「いじめたくなるオーラ」が燦々と
発せられているのではないか? と思ったりもする。
6兄妹の中でぷーをいじめないのは長女のちーだけ。
唯一血の繋がった姉妹だからかも知れん。
あとの男兄弟や元ノラの兄妹は隙さえあればぷーにちょっかいを出している。
だからメダカの世界にもぷーみたいな子はいるんだろう (´・_・`)

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直径20センチの手あぶり火鉢に溜まった水の中。
そんな小さな世界なのになんでまた力関係を確定しようと躍起になるのか?
猫の世界も、人の世界も、縮尺が違うだけでメダカとほとんど変わらんじゃないか。
僕はメダカのぷーをアルマイトの柄杓ですくい上げ、外に置いてある大きな火鉢へ
移してやった。
もしかすると、メダカのぷーは新しい世界でもいじめられるのかも知れない。
でも何倍も大きな火鉢の中には隠れるところもたくさんあるだろう。
同じくらいの大きさの友達もたくさんいるだろう。
だからきっとうまくやっていけるんじゃないか? と僕は勝手に思い込んでいる。

遠い世界に - 五つの赤い風船
たったふた月前には真っ黒焦げだった大室山。
しっかりと黄金週間に合わせて仕上げてきましたな。

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日頃は聴こえない子供の嬌声だとか、日頃は見かけない犬種の犬連れだとか、
大型連休ならではの非日常が辺りに溶け出している。
道には車とバイクが溢れて、なんというか、こういった細やかな喧噪もたまになら
田舎者もウキウキしちゃったりするものだ。
車の往来が増える連休中は道路で寝たりするなよ猫さんたち。
都会者は運転も乱暴だから田舎猫は気をつけんといかん。

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一日に3センチぐらいずつは伸びてるんじゃないかという雑草が庭を埋めていく。
窓から見えていた道を行く人や空が、たわわに繁った青葉に遮られていく。
新緑の間をすり抜けてくる木漏れ日が金色。
きらきらきら。
今日は風も乾いて暑くもなく寒くもなく。
ちょっと連休を楽しむポーズでもとってみるかと庭でカオマンガイ。

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カオマンガイって、ほんとはこんな味じゃあなかったよな。
哀しい哉、もう、あの屋台で食った味を僕の舌は忘れてしまったみたいだ。
またいつか食いに行けるかな?
猫たちのいる間は無理かな?

さて、あとはホトトギスを待つばかり。
明日から大型連休だって、あたちニャー関係ないんわ。
というかんじのチビっ子。

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都会で暮らすみんなが、海や山や高原や温泉や刺身の盛り合わせを求めて
やって来る先に住み始めて7年。
今じゃもう当たり前の日常になってしまった新緑や青空やアジの干物も、
きっと健康と同じで失くしたときにその有難味が分かるんだろうな。

明日から道路は大渋滞。
スーパーにはいつもと違った高価な肉や魚や酒が山積みになります。
地区の班長さんを務めた報酬に貰ったスーパーの商品券と、
コツコツ貯まったポイントカードを合わせて6000円分あるから、
我が家も肉とか買って庭でジュージュー焼いてみようか。
大型連休らしいし (´・_・`)/
暑い暑い一日でした (´・_・`)

今週末には大型連休がやって来る全国給料日前の日曜。
誰も皆考えることや懐具合は同じと見えて、夏のような陽気にもかかわらず
なんとなく嵐の前の静けさな伊豆半島大室山の麓でした。
昔は若いお姉さんだった二人が里帰り中なので僕は猫たちと留守番。
車の電気工作に使う小部品をホームセンターまで買いに行って、
帰りにスーパーでおいしそうな天丼を仕入れてきた。
んー、昨日あたりに伊東港で上がったサヨリかな?

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日増しに葉っぱが大きくなる桜の木の下にはなんとも贅沢な日蔭ができている。
冷たいお茶とかあるといいんだが作り忘れたので氷水。
在英25年のBBAさんは頑なに水道水を飲まずいつも沸かした白湯。
日本の水は沸かさなくたって飲めるの忘れたんか?
それに天城の山で濾された伊東の水は殊更においしいよ。

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どこにいても、なにをやっていても、いつの間にかやって来る長女のちー。
いつもベッタリとくっついて離れない。
天ぷらの衣を剥がして旬のサヨリをちょっとだけ。
他の兄妹には内緒だからな。
頭の上でウグイスがホーホケキョ。
うちの桜に毛虫がいないのは、きっとたくさんの鳥がやって来るからだろうな。
庭のあちこちでクレマチスが咲き出した。
今日からカミさんと彼女の従姉である2BBAは大分へ里帰り。
行っちゃだめだ! という長男が旅行鞄の上で断固阻止行動を行使ちう。

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僕はと言えば二人を乗せて横浜経由で羽田まで日帰り上京の運転手。
雨だし、小寒いし。でも昼からは晴れ予報。
帰り道は夕焼けの富士山が見られるかな?
帰りが遅くなってもいいように猫たちのごはんはてんこ盛りで置いていこう。
そうしておくと「早く帰らなきゃ!」という強迫観念に駆られずに済むのだ。
たかが猫の夕飯と笑うなかれ。
それが愛というものなのだよw
著者見本っていうんかな? 送られてきました。

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表現、というものは何かを他者へ伝えたいという欲求なわけで、
じゃあ僕が何を伝えたいかというとテーマみたいなものは何もない。
ただ僕が猫たちとどう関わったか、
彼らと向き合った時に何を考えたか、
というようなことを飾り立てない言葉で綴っただけのもの。

飼い主とペットの関係でもなく、
友達や恋人という関係でもなく、
ありのまま、山ん中で人間と猫が共生した記録みたいなもの。
そしてその記録は今も綴り続けておるのであった。
タケノコ貰っちった (´・_・`)

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柑橘類には隔年結果とかいう自然の法則みたいなものがあって、
実がたくさん生る年を表作、その次の年はあんまり実がつかなくて裏作、
なんて呼び方をしているんだらしい。
確かに一昨年はご近所さんから食い切れないほどタケノコを貰ったが、
昨年はほとんどというか一本も貰わなかった気がする。
ということなら今年は表作、と思っていたら特大サイズが四本も来たw
とてもじゃないが一度に4本は食えんので近所へお裾分け。
おいしいなあ、タケノコ。

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そんなタケノコを食いながらふと思ったのは、
人間も隔年結果ぐらいで生きるのがいいんじゃないか? ってこと。
田舎者暮らしを始めて来月で7年。
たまに東京へ行くと人の歩く速さに驚いてしまう。
僕もかつてはそうだったはずだが、いったいなんでまた都会の人は
あんなにも先を急ぐのだろうか? とシミジミ思う。
あのスピード感が生きていることを実感させてくれるのならそれでいい。
だけど飛ぶように歩いたその果てにあるものが、5分や10分遅れても
なんら変わらない事であるのなら、あの先を争うような速足はなんなのだろう?
と、気持ちも身体も緩み切った僕は人混みを見ながら思うのであった。
3年おきとは言わないから、せめて隔年結果でいいんでないかい?

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あんなに「戻ってくるぞ!」と啖呵を切った東京には、
たぶん、きっと、戻らないだろうなと思う。
猫たちのために広い庭を探して伊豆まで来たけれど、
猫たちがいなくなっても僕は田舎に住み続けるんだろうなと思う。
とろとろ、だらだら、ぼちぼち、みたいな感じで流れる時間の中で、
緩み切ったまま歳を重ねていくんだろうという気がする。
誰しも明日のことなど分からないものだ。
大事なのは今日を誤らないこと。
大事なのは今日を我慢しないこと。
さて、隔年結果でいこうw
世界が緑で満たされていく季節。

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んー、
そしてやって来る雑草や虫との闘い。
気がMail。

今日は工務店の人が屋根修理の見積もりにやってきた。
最安で50万円コース。
だけど雨漏りを放っておくとその数倍になっちゃうからな。
雨よ、山と畑にだけ降ってくれ。
SKIN:Babyish-