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ぶらりごろりぱくり

昨日の朝7時に伊豆を出たんだが、おそらく三連休前、金曜日、雨とヤバい条件が重なってなんと羽田まで4時間もかかってしもた。もちろん今までの最悪記録を更新したのは言うまでもないが、人生で初めて飛行機に乗り遅れてしまいましたよ。
ゲートクローズぎりぎりにカミさんだけでも間に合うかと走ってもらったんで、その努力を買われて次の便に振り替えてもらえた。どうもありがとうでした、ソラシドエアのカウンターのおねいさん。これからもずっとソラシドエアにしますからね。

本当に渋滞というのは煙草以上に百害あって一利なしだわな。もうコレがないだけで田舎に住む価値はあると僕は思う。そして同じ田舎でも伊豆と国東ではずいぶん違う。
国東を出て来月で4年。
僕はこの頃ようやっと国東という土地を冷静に、必要以上にポジティブでもネガティブでもなしに考えられるようになった気がしている。それはきっと東京からいきなり伊豆へ来たり、国東から東京へ戻っていたら気づかなかったことのように思えてならない。
東京→国東→伊豆と動いたから見えてきたもの。うまく言えないけれども、それは土地の懐の深さみたいなもので、たとえ何ヶ月であろうと旅行に来ただけじゃ絶対に見えてこないものに違いない。僕は伊豆へ来た当初、都会からの観光客が運んで来る都会風にわくわくした。
けれど時が立つに連れ伊豆の、特に東海岸に殺到する観光客さんたちが及ぼす影響に気づいてきた。伊豆の東海岸は関東一円から殺到する観光客に寄生しながら成り立っていると思う。そしてそこから移住してくる人たちもまた頭や心は東京を向いたままのことが多い。

それがどういう土地の雰囲気を形成するかというとどこにも足がついていない、救い難いほどの薄っぺらさに思えてならない。国東に来てみて感じるのはドカーン根を下ろした潔さみたいなもので、やっぱり田舎に住むというのはこういうことなんだろうな? という気がしてならん。
伊豆も南伊豆や西伊豆ならもっと違うんだろうね。東伊豆の拭い難い安っぽさは、国東の広い空の下ではまるで陳腐な玩具のようにも感じる。

なんだお前、また国東に戻るんか? と言われそうだが伊豆に家買っちゃったしな。あの家気に入ってるし。屋根も直したしw で、結局何が言いたいのかというと、やっぱり場数は踏んでみるにこしたもとはないなという、ただそれだけの感想です。

あー、スマホで入力はしんどい。熱下がらないし。




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