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ぶらりごろりぱくり

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ネコは人間なんぞに比して環境への適応能力が遥かに高いとよく言われる。
確かに彼らは、その時置かれた状況の中で最良を見つける天賦の才を持っていると思う。
人里離れた山の中から、田舎とはいえ一応住宅地らしき土地へ引っ越して来たネコたち。
来た当初は山の中同様に人間の散歩へついて来たし、
夜中になれば半径1kmぐらいを彷徨していた田舎生まれの田舎育ち。
あれから一年半が過ぎ、気がつけば朝の散歩へついて来るのは長女のちーのみ。
そのちーも家から100mぐらいのところで金縛りにでも遭ったように立ち止まってしまう。
かつて首へぶら下げたGPSが記録したちーの遠征は最長で片道2km近くにも及んでいた。
その長女が今や半径100mを越えられずに道の真ん中でニャーニャー叫んでいる。
僕はその姿にネコの適応能力というものを思った。

自分を取り巻く環境の中での「最良」は当然の事ながらその環境に左右される。
つまり、他人や他ネコや車と共存する今の環境では半径100mの世界が最良なのだ。
彼らは片道2kmの遠出が出来なくなったことを嘆きもせず、憤慨もせず、
たった片道100mの世界に安寧と最上質の満足を見出しながら暮らしている。
この割り切りというか、達観した世界観は悲しい哉人間には到底敵わない。
人間はグレードダウンに滅法弱いものだ。
一度味わった快楽や、安楽や、甘い汁をちょっとやそっとでは忘れることが出来ない。
ああ、あの頃は良かった。ああ、今はこんなに惨めだ。
ネチネチと、グチグチと、来る日も来る日も恨み辛みを呟き続ける。

そんなに世を儚んでいるよりも現状を受け容れ、
その中で最良を探す方がどんなに賢いだろう。
僕はそれをネコから学んだ。
彼らは決して無欲ではないが強欲ではない。
この匙加減が幸と不幸を分ける決定的な分水嶺だと僕は思う。
皆、天を仰ぎ過ぎなのだ。
皆、多くを欲し過ぎなのだ。
シアワセというものは、案外つまらない色や形をしていて、
遥かな天の高みや高価な宝石箱の中ではなく、
僕たちがいつも口にする「あの頃」に着ていたコートのポケットなんぞに、
うっかり仕舞い忘れたままになっていたりするのかも知れん。
ほら、ちょっと探してみてごらん。




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