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ぶらりごろりぱくり

やっぱり酒は日本酒。それも「白鶴まる」に限るw

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たまにお隣さんから昼飯の誘いなんぞを受けて、
カミさんと一緒にどこぞの店まで車に乗せてもらうことがある。
お隣さんは僕より十歳年上。
カーステレオからはよくオリビア・ニュートンジョンが流れていたりする。
ちょうど僕が高校へ入った頃の歌が多い。
mellowというなんやら訳の分からん言葉が流行り始めた70年代後半。
それはもう今となったら気が遠くなるくらい昔の話。

高校生の頃、バイトをして貯めた金で春や夏や冬の休みになると伊豆へ来た。
友達5人ぐらいで終業式が終わった日の午後から東海道線に乗り、
暗くなる頃に下田へ着いて、そこからバスで弓ヶ浜まで行った。
常宿の民宿で何をするでもなくゴロゴロウダウダ。3日ほど過ごして帰って来るだけ。
その民宿は今夜検索しても出て来ないからもう廃業したんだろう。
だってもう40年近く前の話だ。

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高校3年の冬休みに入った日。やっぱり僕は友達と伊豆急に乗っていた。
もう辺りは薄暗くなり始めていて電車はガラガラ。
宇佐美という駅でいかにも労務者風なおっちゃんが二人乗り込んできた。
二人とも右手には蓋の開いたワンカップ。
左手には発泡スチロールの小さな舟皿へ盛った鯵のタタキ。
ボックス席へ向かい合って座ると、おっちゃん二人は早速一杯やり始めた。

あの頃の僕は酒も生魚も駄目だったが、
おっちゃん達のコップ酒と鯵のタタキは衝撃的なほど美味そうに見えた。
いつの日か必ずや、オレもあんな風にコップ酒と鯵のタタキを食うんだ、と誓った。
僕は今でもあの光景を鮮明に覚えている。
そして40年近くが経った今、鯵のタタキは食えてもコップ酒は飲めずにいる。
誰もがたくさんの夢を持つが、すべての夢が叶う訳じゃあない。
努力と褒美の釣り合いが取れる時にのみ、人は夢を手にすることが出来るのだと思う。
けれど下戸であることを悔やんだ事など一度もない。
なぜなら僕は酒の味も、匂いも、酒を飲む場の雰囲気も好きではないからだ。

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宇佐美から乗り込んだおっちゃん二人は次駅の伊東で降りていった。
たぶんそれは、1978年12月下旬の或る日だったと思う。
あれから38年。
どこで何がどうなった因果か僕は伊東に住んでいる。
来る日も来る日も、一日に幾度となくネコたちの点呼を取りながら生きている。
彼らの頭と身体を撫ぜ、畑に穴を掘り、朝飯に食うほうれん草を摘み、
まるで生まれながらにそうだったような顔をして生きている。

ネコの寿命はせいぜい10年ちょっと。
どんなに長生きするネコでも20年が関の山。
彼らはその大半を寝て過ごし、余った時間で遊んだり食ったりする。
どこで生まれようが、どこで暮らそうが、別段不平や文句を言う事もなく、
毎日なんとなく生きて、なんとなく眠って、そうして陽が暮れる。
昔を懐かしむこともなく、明日を嘆くこともない。
急がず、慌てず、取り乱さず。

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1978年のあの日から僕が過ごした時間はネコたちの生涯数回分。
光陰矢の如し。
何も生き急ぐ必要はないと思うが、
人は長く生き過ぎているのかも知れない。
人は多く望み過ぎ、欲しがり過ぎているのかも知れない。
いったい僕は何が言いたいのだ?
ネコたちよ、お前らの無欲が羨ましい。

尾崎亜美 春の予感〜I_ve been mellow〜




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