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ぶらりごろりぱくり

本を作るために写真を選んでいると、
国東の山で暮らした三年半がふつふつと思い出される。
もうネコたちはあの山のことなんか忘れてしまっただろう。
自分たちがどうして伊豆の片隅へやって来たのか考えたこともないだろう。
だから当たり前に眠って、当たり前に食って、そうして当たり前の顔で遊びに出ていく。

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ここでもやっぱり鶯の声が毎日聴こえ、やっぱり庭の隅にはスズランスイセンが咲く。
そうしてネコたちは、ここでもやっぱりモグラや野ネズミを追い掛け回している。
やがて桜が咲き、ホトトギスが初夏を告げ、夕立の後に彼岸花が秋を連れてくる。
僕はほんの数年前の写真をモニタの上で一枚ずつ繰りながら、
あんなに小さくて仲の良かった子ネコたちの日々を懐かしく思い出している。
毎日あいつらが駆けた、名前もない里山の静けさを思い出している。
春を待たずに死んでしまったクロや、残してきたエリカやブチを思い出している。

僕には写真の知識も技術もない。
野良猫を探して旅する写真家の人が大勢いるけれども、
素人の僕じゃ写真の技術も機材の品質も敵わないと思う。
カメラを手にした僕に、何か彼らより秀でるものがあるのだとしたら、
それはレンズの先にいるネコたちの命に対する責任と、
彼らと過ごす時間の長さと、彼らに対する愛情の深さだけしかない。

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行き交う人もなく、列を成す車もなく、
ネオンも音楽も街灯もショーウィンドウもない山の中で過ごした三年半は、
思い返してみればどこか桃源郷のような切なさで心を満たす時がある。
僕は自分の部屋の小さな窓から空を見上げ、
ちょっと物思いに浸りながらズズズズズとコーヒーなどすすってみる。
キーボードの横にはちーが寝ていて、
袖机の上ではしま兄が大あくびをしている。

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どこにいたって空は同じじゃないか。
どこにいたって腹は減るじゃないか。
どこにいたって僕たちは食って遊んで寝るだけなんだぜ。
肥満児の長男はそう嘯いて毛繕いを始める。
ちょっと肌寒い春の宵闇が、もうすぐ僕たちの上へ降りてくる。
なあしま兄。
もっといっぱい思い出を作ろう。

Barbra Streisand - The Way We Were




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