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ぶらりごろりぱくり

本を作るために数年前の文章と写真を掘り返していると、
大分県国東市の人里離れた里山でネコたちと住んだ三年半は、
思い返してみれば正に浮世離れした人外境だったなあとシミジミ思う。
と同時に、
この伊豆での暮らしがなんとも味気ないものにシミジミと思えて来たりする。
六匹のネコたちが一緒に散歩へ出る事もなくなってしまったし、
あれほど写真を撮りまくっていたカミさんもほとんどカメラを手にしない。
といったようなことを朝の散歩でカミさんと話していた。

けれどあの人外境が夢の如き桃源郷だったかといえばそうではない。
昨年の秋に一年振りで訪れた時は加速度的に荒廃が進んでいたし、
これからも年々加速度を増しながら山は荒れ廃れていくだろうと思う。
それでも天拝という美しい名の丘から眺める景色や、
広大な杉林の中を駆け回るネコたちの姿は忘れ難いものだ。

そして僕はほんのたまにではあるけれど、
六匹のネコたちにとって1000kmの引っ越しが良かったのかどうかを疑う。
たぶん彼らは人間のようにウジウジと愚痴を呟いたりはしないだろう。
そもそも、国東のことなど誰も覚えてすらいないだろう。
道端に咲くミヤコワスレに自分の姿を重ねて嘆くこともない。
彼らにあるのは常に目の前の「今」だけだ。

伊豆に来て一年五ヶ月。
僕はもう都会になんぞ住まず、三ヶ月に一度くらい東京へ行って、
その華やかさや毒々しさを味わうだけで満足するようになった。
だから国東の人外境だか桃源郷だかにも一年に一度くらい足を運んで、
あの天拝の丘から四国と周防灘と呆れるほど広い空を見上げればそれでいい。
ああ、この道や草むらをネコたちと歩いたっけ。そう思い出すだけでいい。
僕は今、東京都心と天拝の丘の真ん中に立って暮らしていると思えばいい。

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今日は四年に一度の閏日。
四年前の今日、僕は国東の山の中で前日に死んだクロのことを思っていた。
あれから四年。クロは藪になったミカン山の一角で今も眠っている。
そうして、手入れもされる事なく年々荒れてゆくだろうあの里山には、
クロの他にも僕とカミさんがかつて一緒に暮らした三匹のネコたちが眠っている。

この広い野原いっぱい - 森山良子




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