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ぶらりごろりぱくり

我が家のある伊豆高原なる土地は一部で「犬高原」と呼ばれている。

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実際うちの周りにも犬と泊まれるホテルやペンションが沢山あるし、
ドッグランだのドッグナンタラだのという文字を多く見かける。
さらに言えば定住組のワンコ同居率も異様に高い。
僕とカミさんは毎朝散歩に出かけるが、疎らに行き交う人のほとんどが犬を連れている。
そのワンコ帯同率は感覚的に七割近いと思う。

自分自身は今までに犬と暮らしたことはないし、また暮らそうとしたこともほとんどない。
全く無いのではなく「ほとんど」と言ったのは一度だけ本気になりかけた事があるからだ。
けれど熟慮の末に結局はやめた。やめた理由はおそらく相性みたいなものだろう。
ワンコとニャンコを等しく愛する事の出来る人も多いだろうが、僕はなんでだか犬は
いまいち駄目なのだ。
決して嫌いではないんだが、人間のお子様と同じように責任の埒外へ身を置いていないと
窮屈さに身悶えしてしまう。それを分かり易く言うと父や母という「親」の立場ではなく、
どこか無責任だけどひたすら優しい「叔父」みたいな距離でないと息苦しいのだな。
犬に対してそう感じてしまうのは、多分犬が飼い主に対して持っている忠誠とか依存の
体質だと思えてならない。
なんだかね、あの好かれ具合の激しさが駄目なんだわ (´・_・`)
だから手を出さないし、これからも出さないと思う。
んで、こちらは二軒お隣に住んでいるコッカー・スパニエルのレディさん。

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飼い主のAさんが昨日は東京へ日帰りだったので夕方の散歩と晩飯の給仕を請け負った。
ワンコとの距離はこのぐらいが心地良い。
散歩して、ご飯あげて、ひとしきり遊んで「じゃあバイバーイ」ってかんじ。
このぐらいの密着度。このぐらいのドライさ。
ネコってのは一緒に暮らしていても常にこの程度の接触頻度なんですな。
あいつら人間の気を引こうとか、構ってもらおうなんて心持ちとは完全に無縁。
自分の刹那的欲求だけでその瞬間瞬間を生きている。
僕には先人たちの言ったネコの手も借りたいというほどの役立たずさが気持ちいい。
何かをしてあげようとか、何かをしてもらおうとかいう姑息な駆け引きの無さが快感。

Aさんは近いうちにまた東京行きらしい。
レディさん、そん時はまた散歩行こうな~。
それともうちへ来て、役に立たないネコたちと遊ぶか?

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