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ぶらりごろりぱくり

今日で煙草をやめて一年。

それがどうしたと自分でも思う。
どんなことにも区切りをつけようと思えばつけられる。
たとえば宝くじの6等に当たって一年とか、
たとえばアメ横で買った青柳の刺身で腹を壊して26年とか、
そう考えれば毎日が記念日だw

子供の頃、多分小学校4年生ぐらいの頃から数年間、
親から日記を付ける事を強要された (´・_・`)
365頁の上製本された分厚い日記帳を渡されて、
毎日書くことを義務付けられた。
日記は中学に入るまで書き綴った筈だけれど
あれを嫌がらずにずっと続けていたらなあと時々思う。

僕はかつて幾つかの物に興味を示したけれど、
様々な理由でそのほとんどに飽いてしまった。
その僕が一つだけ止める事無く続けているのは文章を書くこと。
初めて自分の意思で何かを書いたのは中学3年の時。
あんなに苦痛だった日記をやめてからたった3年後じゃんかw

文章を書くにはその時何かを考えることが必要で、
同じ記録でも写真を撮る行為とは全然別だと僕は思う。
だから僕の趣味というか楽しみはネコと遊ぶ事でもなく、
バイクや車に乗ったり触ったりする事でもなく、
そうして喜んだり腹をたてたりしている自分について、
客観的に考える事なのかも知れない。
そして本来日記や散文というのはそういうものだった筈だ。

煙草を止めた事に意味があるのではないと思う。
6等の宝くじに当たった事や、腹を壊した事自体に意味はないのだ。
それを記しただけなら日記ではなく日誌だよ。
その場面や行為や現象に向き合った自分にこそ意味がある。
というようなことを考えた朝5時半。

雨が降っている。
ひでじだけ、まだ朝ごはんに帰って来ない今日は桜桃忌。




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