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ぶらりごろりぱくり

昨日手作りの干物を貰った事もそうだが、まだ引っ越して来て2か月半なのに
こうして隣近所と付き合いがあったり、散歩の途中で毎朝出会う人たちの名前と顔も
だいぶ覚えてきたりしている。
僕は40ヶ月の間ほとんど誰とも会ったり話をしたりする事のなかった国東での
暮らしを思い出し、一体あれはなんだったのだろうか? と考える事がある。

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7月の末にカミさんが背骨を圧迫骨折して8本のチタンボルトを埋め込んだ。
5か月間は防具のようなコルセット着用を義務付けられていたんだが、
それが昨日でめでたく期間満了となり、今日からは晴れて身軽な身体へとなった。
国東での生活が僕たち夫婦に残したもの。
僕がそれについて正直な思いを口にすれば、カミさんの大怪我を含め何を言っても
不毛な後悔とロクでもない愚痴にしか聞こえないと思う。

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もし国東から東京へ戻っていたなら、僕は信念を持って「そもそも行くべきではなかった」と
自分にも誰かにも言えると思う。けれど伊豆へ来たことを考えると、国東での暮らしが
生活を測る一つの目安を教えてくれたような気がする。
つまり僕が今伊豆に住んでいるのは国東を経験したからで、東京から直接だったら
伊豆になんか住む事はなかっただろう。ここに住んでいる人の多くが伊豆を田舎だと
言うように、僕もこんな偽田舎を選ぶことはなかったように思う。

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けれど本当のド田舎を40ヶ月体験したからこそ、今はこの土地のなにもかもが快適だと
感じる。結局のところ、田舎だと嘆く価値観の尺度など相対的なものに過ぎない。
今年の冬は大層寒いが、シベリアや南極から引っ越して来た人からすれば、
北陸も北日本も快適な暖かさに違いない。東京から見れば国東はシベリア。伊豆は樺太。
シベリアも樺太も東京よりは寒いが同じ寒さではない。ただそういう事だと思う。
五十歩と百歩は、実は違うものなのだ。

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カミさんの第一段階快気祝いにコージーコーナーでケーキを買ってきた。
伊東で一番大きなショッピングセンターには人が溢れ、商品が溢れ、二ヶ月前までの
景色とは何もかもが違う。僕はもうそれで十分満足で、その景色を都会のどこかにある
町や店と比べる事もなくなった。
品川ナンバーとか、横浜ナンバーとか、あの渋滞と人混みに喘ぎながら暮らすには、
それを呑んで尚余りある旨味がなければ耐えられないだろう。
僕にはもうその旨味がなんであるのか分からなくなって来ている。

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山があり、空があり、海があり、美しい四季があり、近所には穏やかな隣人がいて、
車で少し走ればコージーコーナーがある。腹から開いた干物と醤油文化があり、
木々の茂った庭にネコたちが遊んでいる。ぷーの放浪癖もすっかり影を潜めた。
これで十分じゃないのか? 僕はこの頃そう考えるようになった。




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