title02.jpg

ぶらりごろりぱくり

36年間嗜み続けた煙草をやめた。というか止めつつある。
先週の金曜から今日で八日間、一本も火をつけていない。
禁煙外来とか、禁煙パッチとか、禁煙ナンタラとか、
少しずつ軽いのに変えてとか、少しずつ本数を減らしてとか、
そういうのは一切なしにいきなり止めた。

20140627_101.jpg

開封済みの煙草も、ライターも、灰皿もそのまま机の上にあるけれど手を付けていない。
口寂しいなと思う時がある。なんだか間がもてない時がある。
でも身体が狂おしくニコチンとタールを欲する事はないみたいだ。
きっと、このまま止められるような気がする。
という事は、僕の中毒症状はフィジカルなものではなく多分にメンタルなものだったんだろう。

さて、それじゃあなぜ煙草を止めたかというと引っ越しが決まったからだ。
なんだか意味不明な理由に聞こえるだろうが、たとえば刑務所や病院へ三年間幽閉された
人がそこを出られると決まった時、その想像を絶する喜びや希望と引き換えになら、日頃じゃ
到底不可能な無理難題を自分に課しても、ひょっとしたら成就出来るんじゃないか?
なんて事を思ったのだ。

20110329_movingb.jpg20110330_Sakai_b.jpg

これは2011年の三月末日。我が家へやって来た営業さんが置いていった見積書だ。
東京から九州まで4トン車で引っ越してこの値段だった。
また伊豆へ戻るには同じくらいの金がかかるだろう。今度は6匹のネコも一緒だ。
その70万近い金額と1000日余りの時間は勉強代だったと思うしかない。

引っ越し屋の営業が置いていった段ボールに詰めた荷物のうちまだ三分の一ぐらいは、
あの日ガムテープで封をしたまま今も押し入れの中に積み上げてある。
どうして荷を解かなかったのかといえば、僕は初めからここに住む気がなかったから。
大分県に住む事になっても、この土地へ住む事になっても、この「家」に住むつもりは
初めからなかった。なぜかと言えばここはカミさんの実家で、僕たちはほんの腰掛程度に
間借りするだけだったから。
僕はこの土地が嫌だった訳ではない。僕は田舎が嫌だった訳ではない。
カミさんの実家家族という他人と、生活圏が重複しているのに耐えられなかっただけだ。
ここで過ごした三年間は僕にとって不本意そのものであった訳だが、じゃあなぜ三年も
かかったのか? という問いの答は一言じゃ説明出来ん。
たぶん勉強が不得手なせいだと思ってくれれば間違いない。

ともかく秋になったらこの山を下りて、またカミさんとネコたちだけの暮らしへ戻れるのなら、
百害あって一利なしと蔑まれる煙草を止めることも、少しは皆への誠意になるかも知れん
と考えたりもした。それで一日でも長生き出来るならね。
あと百日あれば、僕の身体からニコチンも抜けるだろうか?




SKIN:Babyish-