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ぶらりごろりぱくり

この頃写真を撮るとピンボケが多いなあと思っていた。
今時こんなデジカメ使ってる奴いねえよ! というぐらい昔のカメラなんで、
おかしいな? 設定が悪いんかな? 老眼だからカメラまでボケるのかな?
と理由が分からずアレコレ考えていたんだけど今日壊れたw

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ズームレンズの中にあるレンズが外れちゃってたんだわ。
少しずつ緩んでピントが合わなくなり、最後には完全に取れちゃったんだろう。
ばらしてみようかと挑戦したけどあまりにも小さい+ネジなんで、
回せるドライバーが我が家にはなかった。
どこかで精密ドライバーを仕入れてくれば治るかもね。

昨夜からカミさんの従姉がイギリスから里帰りついでに泊まりに来ている。
僕が会うのは二度目。
彼女はイギリス在住24年で、僕が初めてイギリスへ行ったのは25年前。
ちょうどその頃僕は渋谷区の広尾に住んでいて、港区三田の五丁目で仕事をしてた。
彼女とうちのカミさんは同じ頃三田五丁目のマンションで同居していた。
不思議な縁だ。
その彼女から昨夜夕飯の後に「東京へ帰りたくない?」と聞かれた。
僕は帰りたいと答えた。

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様々な諸条件を一切排して東京へ帰りたいか否かの二者択一なら、
僕は迷うことなく帰りたいと答える。
きっと、そういう僕に対してカミさんは悲しんだり残念がったりするだろうと思う。
思うけれども人の嗜好や価値感は千差万別だ。
25年前と24年前に2度イギリスへ行って僕はそれ以来一度も行っていないし、
多分死ぬまで行くこともないだろうと思う。
だけどカミさんの従妹は24年前に行ったきりそこで結婚して子供まで育て上げた。
なぜイギリスに行ったのか? という問いに彼女は「日本が嫌だったから」と答えた。
僕はどんな意味で、どんな風に日本が嫌いだったのかは敢えて聞かなかったけれど、
嫌なら出ていくという行為自体は正しいと思う。愚痴を言い、我慢を重ねるには、
それに見合った褒美が必要だ。褒美のない努力は無意味で無価値だと僕は思う。

もうこの頃は田舎に対しても、居候しているカミさんの実家家族に対しても、
愚痴や嘆きをほとんど口にしなくなった僕を見て、周りの人はこの土地に馴染んできた
と思っているらしい。だけどそれは大間違いで、実は馴染んだり愛着を持った訳ではなく、
ただそういう土地もあり、そういう人もいるのだと諦めただけ。
イギリスに住んで「周りの人が誰も日本語を話さない!」と憤慨しても意味は無い。
嫌なら出ていけばいい。それが真理だ。

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究極の二者択一ならばここより東京を選ぶ僕だが、実を言えば住む土地なんぞ
どこだって大して変わらないんじゃないか? というのが本音かも知れん。
カミさんはネコたちと暮らせればどこでもイイと言うが、それもまた真理だ。
しかし住む土地に対して自分が譲れない条件を10項目でいいから書き出して、
その一つ一つに○か×を付けていった時、×が三つ付くなら止めるべきだと思う。
美人は三日で飽きるがブスは三日で慣れる、という人権団体が喜びそうな言葉がある。
言い得て妙なのか知れんが甘い。そして浅い。
心のブスは100年経っても慣れる事など無く、それどころか日一日と相手を蝕むものだ。
それが男であれ女であれ。

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今日は晴れて過ごし易い。空も緑も台風に洗われて目に映える。
海の向こうには四国の佐多岬がくっきりと浮かんでいた。
ネコを連れて散歩に出かけ、木漏れ日の中を歩くのは至福の時。
出ていくのが正しい選択ならば、ここから半径10㎞以遠なら住まいを構えてもいいかもな?
と思ったりもする。そろそろ決め時なのかも知れん。
結局、人を悩ませるのは人なのだな。
生まれ故郷は1000キロの果て。
故郷は、遠くにありて思ふものか?




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