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ぶらりごろりぱくり

うちの市に空き家バンクという制度があるのは何回か書いたけれど、
昨日の夜ネットを徘徊していたらその空き家を探している人のブログを見つけた。
こういう言い方をすると誤解されそうだな。
つまりこれからこの土地へ来て住む為に空き家を探している人じゃなく、
空き家バンクに登録出来そうな「家」を探し回っている人のブログだ。
僕は使わなくなった家の持ち主が自主的に市役所へ登録をする、のだとばかり思って
いたんだが、それだけではなく市に委託された(のかどうか知らんが)空き家ハンター
みたいな人が車に乗ってあちこち走り、空き家を見つけては所有者を探し出して交渉
しているらしい。
で、そのハンターさんたちも地元の人じゃなく都会から移り住んだ人なんだそうな。
僕にはそういった事に精を出す彼らの本心が一体何に根差しているのかよく分から
ないんだが、たぶん何かの理由があってこの土地へやって来てここが気に入り、
もっと多く人がこの土地へ住み着いてくれたらイイなと考えているんだろう。

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僕のように嫌々やって来る人は極めて稀で、都会からこんなド田舎に好き好んで移り住む
ほとんどの人は何かに憧れたり何か目的を持って引っ越して来るに違いない。
その嫌々やって来た僕が敢えてド田舎での生活を勧められる理由があるとしたら、
それはネコとの自然な共存だけだろうと思う。
試しにネットで「建築士 猫」というキーワードで検索してみると、建築士の人がネコと住む
為の家を色々と提案しているサイトが無数に出てくる。
ネコの習性や特性を考えながらあくまで室内飼いにこだわって家を設計している訳で、
ネコたちに可能な限りの満足を与えながら、大枚叩いたマイホームの損傷を防ごうという
試みだ。つまり本職の建築士さんが背反する条件に挑んでいるのであった。

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けれどGoogleの検索に数多出てくるこういう試みを三歩ほど下がって埒の外側から見た
とき、それは良く言えば様式美の模索であるし、悪く言えば井戸の中に住む蛙の近視眼的
な試行錯誤だと僕は思う。
ド田舎へわざわざ移住してくる人たちはベランダ菜園じゃ満足出来なかったり、東京湾や
大阪湾の堤防から魚を釣るだけじゃ満足出来なかったり、あるいは狭い庭に造った窯で
近所を気にしながら陶器を焼くのに満足出来ない人が多い。
彼らが自分の夢や、楽しみや、目的の為に生活の拠点そのものを理想の場所へ移す
熱意と勇気と無謀さを持っているのなら、人間とネコの平等な共存を考える人にだって
それは当てはまるんじゃないのか?
一級建築士の先生が長年の経験と知識を駆使して考えた究極のベランダ菜園を実現
する家を高額な土地へ建てるよりも、可能であればド田舎に越して来る方がいとも簡単に
広い畑と農具置場を手に入れられる。だったらネコ好きにとってもド田舎への転居はネコの
本能や習性を一切阻害せずに共存出来る最も簡単な方法だと思う。

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ボロい空き家を買ったり借りたりすれば家屋が多少傷がついても気にならないだろうし、
もっと言えば自動車事故や近所迷惑の心配がない場所にネコたちを放てば、彼らが
家の中を走り回ったり傷つけたりする事は一切なくなる。それは我が家のネコが証明済だ。
と偉そうな提案をしている僕は相当なネコ好きだと自負してはいるが、東京でネコと暮らして
いた時にはそんな発想など微塵も無かった。
つまりネコに対する愛情が僕程度ならば、ネコの楽園を実現する為にどこかへ移住しよう
なんてバカな妄想は浮かばないのだと思う。それでも畑や釣りや陶芸並みの愛情をネコに
抱く人ならば、一級建築士の先生が提唱する「家の中にネコの世界を構築する」という
考え方よりも、世界の片隅へ放り出したネコたちが自ずと決めたテリトリーの中へ自分の
住まいを置く、みたいな真逆の発想があっても面白んじゃないか? と提案したい。

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提案するだけで勧めはしませんけど (´・ω・`)




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