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ぶらりごろりぱくり

帰って来た。

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もう身が細る思いだよ、って全然細らないんだけどな (´・ω・`)
昨夕から三回もクルマで広域農道を見回ってまるで自警団じゃんかよ。
昼にカミさんが町まで買い物へ出るって言うんで同行して、
うちとは農道を挟んだ反対側に向けてぱふぱふラッパを鳴らしまくった。
で、帰り道は途中でラッパ片手にカミさんが降りて、家まで1kmぐらいを
探しながら歩いてきた。
僕がクルマで先に家へ着いたら、ぷーは箪笥の上で爆睡してたよ。
こういうのがホントの放浪癖ってやつなんだろうな。

僕もどこかへ旅するのが好きでよく出かけたが、
旅好きと放浪癖の決定的な違いは玄関の敷居の高さが違うことだと思う。
僕がタイへ行っていた頃、慣れも手伝って敷居の低さは相当なもんだった。
現地へ真夜中に着く便だって不安は皆無だったし、あらゆる心配は想定済みだった。
それでもいざリュックを背負って玄関を出る前夜はわくわくしたものだ。
つまり緊張したりワクワクしたりするのが旅好きなのであって、
放浪癖にはその緊張感も高揚感も皆無なように思えてならん。
僕が散歩へ出るように旅に出る。
僕が煙草を買いに行くように旅に出る。

小学生の頃、僕は新横浜に近い場所に住んでいて、あの頃の新横浜といったら
駅の周辺はただただ茫漠たる荒野だった。理科の実験でカエルの解剖をやるんで、
新横浜駅の脇にあった田圃へカエル捕りに行ったくらいだからな。
或る日僕は友達数人と自転車に乗って「こどもの国」まで行ってみようと出かけたのだ。
鶴見川の土手にあるサイクリングコースをどんどん遡って行ったんだが、
まあ行けども行けどもこどもの国になんか着きゃしない。
イイ加減不安と疲れで誰ともなく「帰ろうか?」と言い出した。
土手に自転車を止めてみんなで車座に座っていたら、なんと同級生の北原君が
遥かこどもの国方面から一人自転車に乗ってやって来たのだ。
僕はあの時の北原君がすごく大人に見えた。
こんな遠くまで一人で来るなんてかっこいいなあ、勇気あるなあと憧れた。
だけど北原君は飄々として笑っているばかり。
あれは多分、僕が旅ってものを初めて意識した瞬間だったと思う。
僕が上海行きの船に乗ったのはそれから二十年近くも後の事だ。

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今日、人の心配も知らずにちゃっかり箪笥の上で寝ているぷーを見て、
僕は不意に北原君を思い出した。
ネコを外へ出さなければ要らない心配。
でもね、僕もネコも全てを許して、全てを開放して、
お互いの生涯に対する責任とリスクと喜びを全部自身に引き受ければ、
たとえ事故に遭ったり病に倒れたりしても後悔はないんだよな? と思いたい。
なんの因果かこんな山奥に暮らしている。
だったらその恩恵を全てネコに与えてやりたいじゃんか。




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