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ぶらりごろりぱくり

どこかに居心地のイイ住処を探そうと考える時、そこが都会だろうと田舎だろうと
僕にとって先ず絶対条件なのは静かな場所であること。
もっと言えばあらゆる生活騒音から解放されること。これは何を置いても譲れないぞ。
そして出来れば歩いて行けるような距離には人家や無機質な構造物がないこと。
我が家の仕事事情を考えると宅急便の営業所と空港まで一時間以内で行けること。
満足のいく日用品や食料品を買える場所まで同じく一時間以内で行けること。
家からの景色がある程度開けていること。要するに谷底のような場所は嫌。
これを満たせば人間にとっての住み心地はほぼ満足の範囲内に収まると思う。
ところが、ネコとの生活を今と同じ状態で維持出来る環境というのを加えると一気に
候補地が激減しちゃうのだ。
そもそもネコ放し飼いというなんだか訳の分からない選定条件が、僕とカミさんの間では
昨今重要度を増しつつある。

けれど「ネコは基本的に室内飼い」という考え方は人間の住む場所が都会や田舎を
問わず、一般的な住環境の中に住む事を前提にしていると僕は思う。
それは例えば家の周囲には隣家があり、商店や公共施設があり、そこを繋ぐ道があり、
故に人とクルマの往来があり、つまり社会ってものの只中に住まいを置く事だ。
その中では基本的にネコは室内飼いだろうが、都会生活を諦めて社会から遠く離れた
山中に住むならば、それと引き換えに極めて稀な基本外を獲得出来る。
誰にも迷惑をかけずに僕たち夫婦とネコ六匹が満足出来る環境はそれ以外に無い。

僕の住んでいる市では県外からの移住者に対して有り余る空き家を提供している。
その中にちょっと気になる物件が一つあった。
Google Earthのロングショットで見るとこんな感じの場所。当該物件は黄色の丸で囲んだ。

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地理的には言葉通り、正に地の果て。
紀伊半島ほどでかくはないが中上健二の枯木灘や地の果て至上の時という場所。
集落の部分を拡大してみたのが下の写真。たぶん人家は十軒前後しかないし、
一体そのうち何軒に人が住んでいるのかも怪しいもんだ。
賃貸、売買のいずれも応談ならしいが、おそらく値段は嘘みたいな額だと思う。

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地理的には今の家より全てにおいて+30分が加算される。
空港と宅急便はギリギリ許容内だが買い物とネット環境はちと苦しい。
だけどこんな場所なら、それこそ時から零れ落ちたような生活が出来るんだろうな。
まともな道路も無いからネコが車に轢かれる心配もほとんど皆無。
でもやっぱり周囲には何軒か他人の家があり、その家には多分それぞれの畑があり、
という事になればモラルやマナーは守らなくちゃいかん。
うちのネコがよその畑をトイレ代わりに使ったりするのは明々白々だもんね。
だからこんな人外境みたいな土地でも住処候補としては却下せざるを得ない。
しかしこの家、建てられたのは昭和三十年代半ばの堂々たる古民家。
間取り図によると部屋は居室だけでも八室。床面積は実に150㎡もある。
これだけの広さがあれば六匹のネコを室内飼いしてもストレスは無いんじゃないか?
なんなら450㎡ある敷地を金網で囲えば更に広い。

だけどもさ、深刻な人口減に悩む過疎の町の、そのまた町から遠く離れた片隅で、
一体何が悲しくて隣家を気にしながらモラルだのマナーだのを秤にかけなきゃならんのだ?
一体何が悲しくてネコを家に閉じ込めなくちゃいかんのだ?
と考える事がそもそも公共ルールを無視したエゴなんだろうか?
僕はそうではないと思う。
住民税を払い、区費を払い、地域の草刈りやなんやに出る事と、
日常生活まで近隣に気を使って調和や均衡を保ち続ける事とは別だよなあ。
僕はこの土地じゃ所詮余所者な訳だし、来られた方にとっても出来れば関わりたくない
闖入者なのかも知れない。
だったら個人の日常には一線を引いて、迷惑の掛からない範囲で好き勝手に暮らしたい。
それでなきゃこんなド田舎に住む意味が見出せないというものだ。
この土地で見えて来たのは、田舎に住む=静穏&ネコとの自由な共存だったりする。




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