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ぶらりごろりぱくり

信州諏訪の宿で友人たちと会って、
いつもは九時に寝てしまう僕が夜中の三時まで話をしてきた。
翌日も、その翌日も一日喋り通し。
普段の生活で一時間以上も話をすることなんて滅多にないので、
喉は痛くなるし心身ともに疲れ切ってしもた。
でも、それは幸福で心地よい疲労感だ。
皆さんの方々、付き合ってくれてありがとう。

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それにしても東京や甲信越の食い物はうまいな。
美味いという言葉が語弊を招くなら口に合っていると言い換えればいい。
舌の上に味覚という無数の凹凸があるのなら、
こっちの食べ物は最後の一つまでその凹凸にぴったりと合致する。
何を食っても味覚とDNAに染み込んだ味がする。
だから遥か西の地では何を食っても違和感があるんだろうなと思う。
という事を口にする度、いつまでも女々しい事を言われたりする。
僕はそんなにも女々しいだろうか?
僕には口に合わない食べ物を我慢する理由が見つからないだけだ。

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タイへ通い詰めていた頃、ドンムァン空港のターミナルビルを出て、
吸い込むと息の詰まるような熱い空気にわくわくした。
市内へ向かうおんぼろバスの車窓に広がる景色に心躍った。
天使の都、クルンテープ。僕は雑踏と喧騒と甘美な街に酔いしれた。
毎日毎日うまい物を食って、ビーチのバンガローで昼寝をして、
そうして日本へ帰る日の晩にタクシーの窓から市場や屋台街を眺めながら、
どうして自分だけがここから去らねばならんのだ? と切なかった。

つい一年半まで当たり前にここで暮らしていた僕の眼に、
今の東京はどこかあの頃のクルンテープと同じように映る。
着飾った人たち。陳列棚に並ぶ目を疑うような商品の数々。
洗練されたデザインの建物と看板。犇めき合う無数の店。
クルマの音、電車の音、音楽、笑い声。
文化が鬩ぎ合うその只中にいる快感と緊張感。
毎日夕飯の材料を買いに来ていた駅ビルの食料品売り場で買い物をして、
けれど今の僕はこの町に人間ではない。
僕が帰るのは遥か千キロ彼方でカミさんと六匹のネコが暮らす家。
一時間散歩したって誰にも会わない山の中。

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東京や、この町について何かを言おうとすると、
僕はまだ愚痴や恨み言ばかりになってしまうような気がする。
だから今は口を噤んでおこう。
東京へは里帰りや観光に来たのではなく、
友達と会いに来たのだと自分を宥めておく。
そうして皆と会って楽しい時間を過ごした事だけに満足して、
今日の午後飛行機に乗ります。

ミヤコワスレの花言葉は、
また会う日まで。しばしの別れ。




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