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ぶらりごろりぱくり

一昨日の夜だったですが、ちょっと仕事が一段落したカミさんと
少しだけ足を伸ばしてクルマで40分の町まで夕飯食いに行った。
で、どこのなんていう店とは言わないけれど、きっと地元の人なら名前を聞いただけで
「あー、あそこね」と言うぐらいは知名度がありそうな店で食事した。

お店の造りなんて昭和テイスト丸出しですごく居心地がいい。
高校生の頃、喫茶店に入り浸ってた僕にはとっても馴染み易い店だった。
僕はチキン南蛮定食、カミさんはトマトソースのパスタを食って、
料理自体は別段不味くはない。でも不味くはないんだけど美味しくもない。
味や量や見た目に対して値段がちょっと高いんじゃないの? という感じ。
たぶん半分の値段だったら何も感じずに帰って来たんだと思う。

僕があの店で感じたのは、お金をいただくって事の意味みたいなもの。
よく人は素人の技に対して、お前これなら金取れるよ! とか言うよな。
つまり人様からお金を頂くには、やっぱり素人離れしてなくちゃいかんと思うのですよ。
要はチキン南蛮定食を作る為に仕入れた材料と、使った調味料と、
調理に必要な道具や光熱費の経費と、従業員の給料から算出した一食分のコストに
利益分を乗せて「ハイ、お待たせしました」じゃ駄目だと思うんだよね。

僕はそういう問題について誰かと話す時、「華」って言葉をよく使う。
いわゆる華が無いってやつ。
たとえば立喰いソバ屋とか牛丼屋なんてのは、食事処というよりも性格的には
ガソリンスタンドに近いと僕は思う。あれは食事ではなく燃料補給だ。
だから華なんて必要ないし、華よりも安価で待ち時間ゼロの方に価値がある。

でもね、店の外観や内装に幾許かのこだわりが感じられて、
供するメニューもスパゲッティ・ナポリタンじゃなくてナンタラチーズのトマトソース、
とか呼んだりするんだったら、もう少し世の中の見聞や料理のセンスを高めて来る
必要があるんじゃないか? という偉そうな感想を抱いただけの話です。
僕とカミさんはその場ではただ黙々と食っていたけれど、
あとから本音を吐くと両者ともに「隣の家のおばさんが作ったみたいな料理」と
見解の一致を見てもうた。これぞ正に華が無いのの典型。

何度も言うようだけれど不味くはなかったです。
ただ、妻や彼女や友人を夕飯に誘いたくなるような、夢のある料理ではなかっただけ。
昨夜は7ヶ月か振りでからあげ買って来た。
7ヶ月を経て僕のニンニク臭アレルギーも影を潜めたようです。
これぞプロの仕事。これぞ華。お金払うに値する食い物とはこうでなきゃ。

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