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ぶらりごろりぱくり

毎朝小一時間ほど散歩をするんだが、しばらくそれを止めることにした。
理由は二つ。

理由その1。
うちのネコたちは朝5時にゴハンを食い終わると三々五々に外へ散っていく。
別に何をする訳でもなく家の周りをぶらぶらしてるんだが、
僕とカミさんが玄関から出ると「にゃー」とか叫びながらみんな集まってくる。
かわいいぞー (´・ω・`)
で、歩き出すとあとをゾロゾロついて来るのだ。
かわいいぞー (´・ω・`)
どこまでついて来るのか試した事はないけどカミさんは「無理に行動範囲を広げる
事もなかろう」と100mぐらい行った場所でUターンしてしまう。
つまり玄関から道に出て左右100mずつしか歩けないんですな。
これじゃ散歩の意味がない。
じゃあネコたちがどこか遠くへ行っている間にこっそり散歩すればいいじゃん?
と言われても、僕は何事も決まった時間にやらないと気持ちの悪い人で、
偉そうな事を言うつもりはないけれど規則正しい生活というのを信条としている。
特に自分が決めた一日のペースを乱されるのが何よりも嫌いで、
その為に人付き合いの悪いクズ人間だと思われて友達なんか全然いない。
だけどどんなにクズ人間と思われても、時間や物事にだらしない人を僕は
クズ人間なりに最も軽蔑している。
ともかく。
時間を決めて散歩に出ようとしてもネコちゃんたちが群がってきた時は
道の左右100mずつしか歩けないという事なのだ。
だったらその100mを何十往復もすればいいんじゃねえの?
というおせっかいな提案に対しては理由その2で述べる。

理由その2。
僕はそもそも散歩なんて好きでやってる訳じゃないのだ。
通勤もないし一日机に座って液晶モニタと向かい合ってる仕事だから、
どう考えたって運動不足は否めない。
東京にいた頃は買い物や銀行や郵便局など全部歩いて行ったけど、
こっちに来てからは歩く機会なんて皆無に等しい。
だから仕方なく散歩する事で少しでも運動不足を解消出来れば、と歩いてたのだ。
歩く事自体が嫌でなくても、山の中を歩くのは少しも楽しくない。
たとえばこんな所とか。

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たとえばこんな所とか。

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たとえばこんな所とか。

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たとえば人も車もまったく通らないこんな道を毎朝散歩しています。

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なんて事を言ったり書いたりすれば街暮らしの人は羨ましいと思うのか知れん。
確かに僕も東京住まいの頃はそういう環境に憧れていたりもしたし、
ここへ来て最初の一年は初めて見る花や木や空や虫や動物に興味があった。
生まれて初めて季節の移ろいみたいなものも五感に感じられた。

でもね、以前も書いたけれど一年経つとあとはもう同じ事の繰り返しなんですな。
目新しいことなんてほとんど無い。
同じ花が同じ場所に咲いて、同じ虫が同じ時期に鳴き始める。
同じ畑に同じ形の緑が溢れて、同じ田んぼに同じ稲が育つ。
当たり前の事なんだけれど自然とか、自然に密着した人々の生活というのは、
基本的に昔も今も未来もほとんど変化が無い訳で、そういった土着の暮らしを
ヨシとする宮沢賢治のような人ならばともかく、僕のような俗物はあまりの無刺激に
自分自身の存在そのものが曖昧になってしまうような気さえする。
つまり自分の「立ち位置」を見失ってしまうのだと思う。僕は自分自身や、
自分の生活の変化を厭うけれども、外側の世界の無変化には耐えられない。

と、
そういう屁理屈はどうでもいいとして、要は運動不足の解消に歩くだけならば、
何もネコちゃんたちに都合を左右されながら無理して歩かなくたって、
他に代わる運動をすればイイ訳だろ?
ネコと散歩したけりゃそれはそれで別枠にすれば問題ないんだもの。
ということでコレに帰結しました。

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漕ぐぞー ヽ( ` ・ω・´)ノ
今日はメタボ対策の保健指導に呼び出されています (T_T)




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