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ぶらりごろりぱくり

昨年の9月から4ヶ月かけて書いた小説を今年の初めにある新人賞へ送った。


昨日選考過程が発表になったけど今年も二次選考を通っただけだった (T_T)
毎年応募の締め切りは1月31日。
昨年の1月半ばに思い立ち、半月で書き上げたイイ加減なのを送ったんだけど
それも二次選考止まり。んで心を入れ替え4ヶ月かけて今年送ったのも結果は同じ。
だけど見た目結果は同じでも確かな手応えがあったと思う。
昨年初めに書いたやつはただただ勢いに任せて書いた。
秋から暮れにかけて書いたのは意図的に作り込んで書いた。
それが同じ評価だったって事は、少なくとも今の時点で僕のやっている事に
大きな的外れはないと思っていいんだろうな。
つまり静物画や人物画を描いた油彩の新人賞に水墨画やポップアートを送っている
ような本質的間違いは起こしていないんだと思う。
もちろん今年の最終候補作に残ればその方が自信にはなるんだろうが、
残っても、残れなくても、方向性さえ見誤っていなければ努力のし甲斐も余地もある。

軽い脳梗塞で倒れた実母に親孝行したいというカミさんの意向を汲んで、
僕が不承不承で東京からこの田舎へ引っ越してきたのは別に自然を愛しているからでも
田舎暮らしをしたかったからでもないです。僕はただ時間が欲しかっただけ。
東京でカミさんと二人暮らしをしていた時に比べれば、今の生活はストレスに満ちている。
家は自分の家ではないし、家の中には大抵誰かしら他人が居て、彼らとの価値観や
生活様式の違いは一言で言い得ないような精神的負担になっている。
周りを見れば店はないし物もない。ポップカルチャーの緊張感も皆無。
けれど、それでも僕がどうにか逃げ出さずに居るのは生活騒音から切り離された環境と、
東京に比べて安い生活コストが生み出す「時間的余裕」の為だったと思う。

働かないでいい時間。誰かのために割かなくていい時間。
それを僕は全部書く事に費やせる。
キーボードを叩いていない時でも、バイクに乗っている時でも、
常に頭の中をその事だけに傾けていられる。
だから僕は嫌々やって来たこの土地で11ヶ月を過ごして来られたんだと思う。
その間に暮らしの中へ入り込んだネコたちのおかげで、
同居家族や不便な土地に対するストレスは随分と希釈されたのか知れない。
そんな生活をさせてくれるカミさん様様、ネコ様様です。

昨年は二次通過だったんだから今年は最終候補じゃなきゃ意味がない。
と言われた事がある。
僕は、物を創るという作業ははそういう事ではないと思う。
保険の営業成績じゃないんだから汗を流して靴底をすり減らせば結果が出る訳じゃない。
良いものはきっと、努力や才能と共に「機会」が生み出すものだと思う。
機を待つ。あるいは機を引き寄せる。
それには時間的に与えられた余裕が大きな意味を持つ。
僕は長く住んだ東京で、所謂「仕事」というもので形も財も成す事が出来なかった。
それは僕自身の努力不足はいうまでもなく、仕事を唯の一度も愛せなかったから。
だから僕の人生みたいなものを最後に落とし込むのは書く事、
あるいは書き続ける事でしかないように思う。

でも、どんなに生活コストが安くても生きていくのにお金は必要だ。
今年は書く時間を削らなきゃいかんかも知れんです (T_T)
色々読ませていただいています。時間を要しますがえるしのあさんの考え方や文章や雰囲気が好きです。一々、納得しながら読み進めています。
新人賞へのチャレンジあきらめないでくださいね。
fuanfuan [] EDIT
こんにちは、僕も読んでますよ。

60歳で何かを成し遂げたり60を過ぎて何かを始めたりっていうのは、
僕にとって大した励みになってるんです。
今の毎日を楽しまなくたって60過ぎてからでも十分間に合うんだって。

僕も今の家を出てカミさんやネコたちだけと暮らしたら、
毎日がどんなに楽しいんだろうか? ってよく考えます。
だけどもう少しこの場所で我慢しながら努力を重ねれば、
もしかすると60になった時、もっと大きな楽しみが得られるかも知れない。
そう考えながら日々の些細な軋轢に耐えております(笑
EL [] EDIT




まとめteみた.【夢というよりも今や賭け】 - 2012.04.21 Sat 18:46

昨年の9月から4ヶ月かけて書いた小説を今年の初めにある新人賞へ送った。
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