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ぶらりごろりぱくり

公約通り手製の猫本出来上がりました。
自己満足度かなり高し。
本を買ってくれた人だけでなく、小さな頃から我が家の猫どもを見守ってくれた
人たちにも進呈したいと思うけれど、届ける術が僕には想像できない。
どうしたら届くかな?

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本作りの休みも終わり、盆を過ぎたら途端に暑さが勢いを失くした。
いいや、まだまだ油断できまいが世間の人も夏はもう十分満喫したでしょ?
今週で世の夏休みもほとんどおしまい。
人と車が去って少しは静かになるかな伊豆半島。
毎度のことだけれど大型連休の最終日は普段の平日以上に閑散とするのだよ。
その寂寥っぷりといったら半端ない。
秋が嫌いだという人は、あの祭りの後の寂しさが堪えるんではなかろうか?

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今朝はロードスターで外仕事に出かけた。
涼しげな朝、畳んでおいたボディカバーの上で次男と三男がゴロ寝。
おいこら、それはお前らの布団じゃないんだぜ。
しかもバリバリに引っ掻いて穴開けちゃってやがるし (T_T)

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昼間はちょっと暑かったけれど湿度が低くて爽快。
昔の夏はこうだったよなあ。
日本で一番標高の低い「高原」は夜になるとひんやり。
廃れても別荘地。こうでなくちゃいかんわ。
この涼しさで調子に乗って、明日は餃子とかカレーとか作ろうかな?
本つくってます。

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和本は重ねた紙(折丁)を糸で縫うわけだけど、縫う糸と針は太いものなら
裁縫用でも構わない。本を作るからと言って特別なものは必要ないと僕は思う。
でもうちには太い裁縫用の針も糸もないから通販で探した。
そしたら今は和綴じ本を作るのも一つの趣味として定着してるんだそうな。

なんでもかんでもデジタルデジタル。という流れの中で消えつつある本。
今じゃ「自炊」とかいって本をバラバラに切り刻んでスキャナーで読み、
わざわざ電子書籍にする人が大勢いる。
こういうことを平気でやる人というのは、たとえば愛蔵のレコードやビデオを
デジタル化するときに、元のレコードやビデオテープを再生不能なまでに破壊しても
平気なんだろか? と考え込んでしまうのは僕がかつて本を作る側の人で、
尚且つ電子書籍よりも紙の本を手にすることに喜びを感じる人だからでせうか?

人それぞれにどんな理由があるのだとしても、僕は本を切り刻む人よりは、
ささやかな趣味で和本を作ろうとする人の方に共感や愛を感じる。
たぶん、これから先、本の価値というものは中に書かれていることよりも、
物としての価値に移行していくんじゃなかろうかと僕は思えてならない。
それは世がどんなにデジタル化してもモレスキンのノートが愛され続けるように、
機能よりも物としての存在自体が価値を主張していくんじゃなかろうかと。

僕は生理的に新しいものを毛嫌いする時代遅れな情弱人間になりつつある。
高圧コードで点火する4気筒の内燃機関を愛し、針と数字で情報を読み取る
メーターや時計を愛し、18金のペン先が描くブルーブラックのインクを愛し、
鍋で3分煮る即席の袋麺とショートニングを挟んだだけの菓子パンを愛する。
だけどその時代錯誤が誰かに迷惑をかけるわけではないだろう。
対外的には失礼のない程度に新技術や新方式を学んでおけばいいだろう。

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手で紙を折り、それを束ね、糊で背を固め、針と糸で縫う作業は楽しい。
それは僕がかつて製本屋さんだったからかも知れない。
そうだよ。オレは職人さんだったんだよ。
僕は自分の手が覚えていた「技」みたいなものを愛しく、そして誇らしく思った。
それがなんだか妙に嬉しかった。
なぜなら、自分の経歴や経験はすべてどこかへ置き忘れてしまい、
無口で無能な木偶の坊のように思われている今の僕の日常には、
誰かに対して誇らしく思えるものなど一つもなくなってしまったから。

人生いろいろ。猫たちがいるから生きていける。

Fausto Cigliano - 私だけの十字架
世の中多くの人が夏休み。伊豆半島は毎年恒例の阿鼻叫喚な数日間です。
道を走る車の3台に1台くらいが他県ナンバーという気がしなくもない。
ともかくすごいよ (´・_・`) アビキョーカン。

わたくしもこの休みを使って「本」を作ろうと企んでおりまして、
実はこの次の日曜に東京の三軒茶屋にあるCat's Meow Booksという本屋さんで、
なんと言うのか拙著の談話会みたいなものをやることになっておるのですわ。
いったいそこで何が語られるのかは本人が一番分かっていないんですがね、
クソ暑い中を出かけてきてくれた方にほんの気持ちのお土産を、ということで、
他人の手が入っていない完全オリジナルな抜粋本を作ろうかと考えた次第なのだ。
もっとも完全オリジナルというのはこのブログそのものなわけであって、
商売フィルターのかかっていない赤裸々な愚痴や独白を読みたいというならば、
原本はいつでも無料配布されているということになりますw

僕はもともと古い時代の製本屋さんだったから、針と糸と刷毛と糊を使って
所謂「手作り」で本を作る技術も一応は習得した覚えがある。
今じゃ頭で覚えていても手が負いつかないだろうと思うんだが、
ごく一般的な和本くらいなら老いぼれて忘れかけた手先でもなんとかなろう。
と思って20頁ほどの和綴じ本を作ってみることにしたのであった。

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三島大社と鰻で有名な三島に昔ながらの紙屋さんがあるというので、
表紙に使う和紙を買いに行ってきました。
おばさんとお婆ちゃんの中間ぐらいな、そこはかとなく上品な店主さんが一人で
営んでいる紙屋さん。ちょっと話し込んだら創業明治10年だそうな。
大正じゃなくて明治やぞ。
店も度重なるリフォームは施しているものの、基本的な構造は創業当時の
ままなんだらしい。「今時珍しいお店ですね」と言ったら、「お客さんに支えられて
いるんですわよ」と仰っておりました。
たとえばダイソーとかドンキホーテとかユニクロとかと違って、ああいう店を
支えるのはその土地の文化水準の高さだと僕は思う。すごいぞ三島市。

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製本には姫糊という糊を使うんだけど、姫糊よりも上等なヤマト糊を100円ショップで
調達。製本の針と麻糸は通販で。便利な世の中になったよなあ。昔はこんなもの
個人じゃなかなか手に入らなかったのにね。
では何十年かぶりで手仕事してみますか。
AERAという雑誌が拙著の書評を載せてくれた。
週刊文春にも載ったし大分合同新聞には恥ずかしながら写真まで出たw
で、そういうメディアで取り上げられる度に思うことがある。

それはもしかすると、うちの4兄妹を国東の山へ捨てた本人が、
どこかでその雑誌や新聞を見て、そしてひょっとすると僕の本を立ち読みしたりして、
「あ、こいつら私があの日、山の上の公園に捨てた子猫たちだわ」
とか思っているんじゃなかろうか? ということだ。
特に大分合同新聞なら地元の人がたくさん目にしている。
僕の記事が掲載された朝には何も告知などしていないにも関わらず、
新聞を見た国東の人からカミさんの元に何本もの電話がかかってきたものだ。
だから捨てた本人が見ていなくても隣近所から、「国東で猫を拾った人の話が
新聞に出ているぞ」と聞かされたかも知れない。
あの本には地元の人ならすぐに分かる航空写真も掲載されている。

僕は今まで敢えてこういうことは口にしないで来たけれど、
もししま兄と、ひでじと、ちーと、ぷーを捨てた人がこれを見ているなら言っておきたい。
あなたがあの日捨てた子猫たちは、こんなに立派な大人になりました。
なんてアホなことをオレが言うと思ったか?

2011年の10月4日に国東の里山に4匹の子猫を捨てたお前、
あんたは人間のクズだよ。ロクな死に方をしないから覚悟しとけよ。

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僕は卑小で下衆な人間だから罪も憎むし人も憎む。
けれどそんな軽蔑すべき人物にいつまでも心惑わされるのも愚かなことだよ。
だからこうして大っぴらに一言毒づいたからにはこれきりにしよう。
あの秋が深まっていく夕刻に僕は4匹の子猫を救ったのかも知れないが、
あの日から僕自身が4匹+2匹の猫たちに救われ続けてきたのもまた確かなこと。

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もう、嫌なことや悲しかったことはできる限り忘れてしまおう。
もう、つらかったことや悔しかったこともできる限り忘れてしまおう。
そして楽しかったことや、切ないほどきれいな思い出だけを心の隅に積んでおこう。
人生はそれほど長くないものだ。
無理に重い荷を背負うことなんてないんだよ。
僕はその生き方を猫たちから学んだ。
臆病な兄の警戒心と猜疑心も、

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ちょっと白痴美な妹の好奇心も、

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炙られて溶けだす暑さかな。

タイには乾季と雨季のほかに暑季というのがあって、
4月と5月の暑さは強烈なものだった。
だけどあの暑さよりも今の日本の暑さの方が病的だと僕は思う。
日本の7、8、9月は紛れもなく暑季。
眩暈のするような暑さの中、元気なのは桜に群れるセミだけ。
いいやセミも元気なわけじゃなく、この暑さに狂ってしまったのかも知れん。
あまりの暑さと雨の少なさに庭の桜が葉を落とし始めた。
干からびて、黄色くなって、はらりはらりと落葉する。

明後日は立秋。
暑季来たりならば秋遠からじ。
エクセルでちょっと面倒なリストの書き換えをしていたんだが、
こいつが何度降ろしても執拗にキーボードへ覆い被さってくる。
このふてぶてしい後頭部を見てやってくだされw

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で、まあ、邪魔をして寝るだけなら親バカ根性で許しもするんですけどね、
例によってあちこちのキーを長押ししまくって、一時間かけた作業を
一瞬で水の泡にしてくれやがったので根負けしてキーボードを退避させた。
どかぬなら、どくまでまとうデブ長男。

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そのうち気が済んでどこかへ行くだろうと思っていたら、
エアコンの効いた部屋が居心地いいのか猛爆睡で叩いても揺すっても起きない。
ネットでドリフの大爆笑見終わってもまだ寝ていやがる。
しょうがないから肉布団の上にキーボード置いてお仕事再開。

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今日も暑いです。
8月か。
8月と言われると、なんだか暑くてもしょーがねえよな、とか思えてしまう。
ホントは8月だろうが2月だろうが暑いのは勘弁してほしいんですけどね。
今朝はね、600円払って粗大ごみを出した。
先日壊れちゃったガーデンシュレッダーってやつ。

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これ、剪定した木の枝をチップ状に破砕してくれる機械で、
前の住人さんが引っ越すときに置いて行ってくれたものなんですな。
僕が使ったのは5、6回だと思うけど、それまでだいぶ酷使されていたらしく、
枝を粉砕するミル状の刃がすり減ってお役目御免になってしまった。
で、新しいのに買い替えたわけ。
粗大ゴミなんて出すのはたぶん東京の家を引き払った時以来。
他にも捨てたいものは色々あるんだが、なまじ物入れの多い家に住んでると
いつか捨てればいいや、みたいなかんじでどんどんゴミが溜まってしまうのであった。
廃タイヤとかガスコンロとかポンコツはさっさと捨てたいよなあ・・・。

ポンコツと言えば仕事が休みのたびにロードスターのエアコンを直そうと思い、
もう部品や冷媒も買ってあるんだけどあまりの暑さにめげてしまいます。
今度の週末こそ頑張って! というか腹をくくってやるので勘弁してください。
だって暑いうちにやらないと意味ないじゃん。
とか思っていたらカミさんの部屋のエアコンが壊れたとか言い出して冷や汗。
室外機の電気トラブルというエラーが出てランプがピカピカ。まじかよ。
でもフィルター掃除してテキトーにいじってたら動き始めた (´・_・`)
この時期にエアコン壊れたら死ぬで。修理だってすぐには来てくれないだろうし。
どうかこのまま壊れませんように。

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粗大ごみを出して回収票を貼り付けていたら次女のぷーがやってきた。
我が家の猫で唯一マイルームを与えられている猫嫌いのぷー。
外で遊ぶか2階で寝ているかで、飯の時以外は下へ降りてこない。
2階はカミさんの部屋だから彼女のカメラには室内のぷーもあるだろうと思うが、
僕が撮る次女の写真はどれも外で撮ったものばかり。
ぷーはうちへきた子猫の頃からちょっと変わったやつだったんだよね。
マイペースというか、しれーっとしているというか、
何を考えているのか分からない謎の女w
その訳の分からなさと掴みどころのなさがぷーの魅力でもある。
そうだよ、人も猫も筋が通ってりゃイイってもんじゃないんだぜ。

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そして午後のデッキでは次男と三男がドテーッ。
さて、今日から葉月。

Slade - Cum On Feel The Noize
SKIN:Babyish-