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ぶらりごろりぱくり

次男坊のひでじが頻繁にトイレへ行く。
しばらく座っては砂をかき回してあきらめ、また少しするとトイレに座る。
あーあ、またかよ (T_T)
トイレを掘り返すとパチンコ玉くらいの砂粒がいくつか。
うっすら赤みを帯びているから血尿でしょうな。
カミさんが調べてみたらちょうど一年前の8月にも同じ症状だったんだわ。

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あの時は病院行って、抗生物質の注射と飲み薬&療養食だった。
だから今回は経験を活かして病院へは行かず自前の抗生物質と療養食。
ずっとCD食べさせてたんだけどなあ、しばらくSDで結石が溶けるのに期待です。
こういう時も通販ですぐ届くからホントにありがたい。
結果、薬の飲み始めて数日でトイレへ座ることもなくなったから効いてるかんじ。
このまま治るといいな。

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錠剤は口へ放り込んでゴックンさせられれば一番確実なんだけど、
なかなかそうは問屋が卸してくれない猫さんたち。
特にひでじは力も強いし牙も立派なんでサシの勝負はちょっと怖いのですよ。
だから缶詰に混ぜたり、ちゅーるに混ぜたりしたんだけどなかなか食わないのだ。
で、カミさんがネットで見てきたオブラートで包んで食べさせるやり方を試してみた。
オブラートはウエットフードの水分を含むとしんなり溶け始める。
溶け始めてもちゃんと包んであるから匂いも味もしない。
薬嫌いな猫さんもまんまと騙されるということらしい。Good Job!

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ぬいぐるみじゃないからね。
彼らは病気もすれば怪我もする。
人間より4倍速く進む老化も止められない。
自分に出来ること以上のことはやっぱり出来ないから、
ただ健やかであれと祈るしかないのだ。
車の保険証書を探していたらこんなもん見つけた。

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僕がスカイライン・ピジョンを初めて聴いたのは17歳のとき。
友達のジローくんから借りて聴いた。
このシングル盤はジローくんの兄貴のものだったはず。
返しそびれたんじゃなくてわざと返さなかったんだ。
ごめんな、ジロー。

17歳の僕はバーニー・トーピンの訳詞を見ながらこの歌を聴いて、
そうだよ、オレは黄昏の煉瓦道を通って都会の喧騒を抜け出し、
青い空と緑の稜線の向こうで暮らすんだ! と息巻いていたっけw
17歳の僕がこのシングル盤を擦り切れるほど聴いていたのは、
いま僕が住んでいる緑に埋もれた家が建てられた年。
奇遇だなあ。

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もう僕はビニールのアナログレコードを再生する装置を持っていない。
傷だらけの黒い盤面を見つめながらプチッ、プチッっていう雑音を想像して、
デジタルとは違う一塊になった音の洪水を思い出している。
今はもうmp3しかないけれど、何年かぶりでこの歌を聴いてみたら泣けた (´・_・`)

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東京を離れて7年。
僕は紛うことなき正真正銘の田舎者になりつつある。
それは確かに痛快で、またシミジミとした喜びでもある。
伊豆の海沿いの国道は都会人の浮かれたバカ騒ぎ。
けれど8月の終わりを数日後に控えて人の波も引きつつある。
ロードスターで仕事へ向かう道は環七でも第一京浜でもない山道。
狂ったように鳴いていたセミたちの声も確かに盛りを過ぎたかな。
早く天城の稜線から秋が下りてきますように。

Elton John - Skyline Pigeon
Twitterで報告しましたが、三男坊は今朝未明に帰宅しました。

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何があったのか分からんけど別に機嫌悪いでもなく怯えるでもない。
ニャーとかか細く鳴きながら寄って来るしw
心配して損しちゃったよ。

Twitterで報告とか偉そうな口を利いてますけど、
情報弱者らしく今さらにInstagramとFacebookも始めてみました。
インスタは↓です。
Instagram
始めたといってもせっせと更新するでもないです。
とくにFacebookの方は当初から放置予定。
インスタは写真送るだけだから楽ちんかな?

このブログはこれまで通りちまちま書いていきますね。
やっぱブログが一番楽しい。
昼前に庭にいるのを見かけたんだがなあ。
お昼のおやつにも、午後五時の夕ご飯にも戻らず。
あいつは9日間という我が家の最長行方不明記録保持者だから、
明日の朝までには帰ってくるような気がするんだが・・・。
夏休みで子供とかも来てるから追いかけられたかな?

子供の頃はみんなイケイケに遠出して迷子になって、
そのまま帰れなくなることがよくあった。
うちの場合は食事2回までは帰宅しなくても許容範囲。
3回目の食事を欠席したら問題発生ってかんじになっております。
臆病者故に我が家で唯一無病息災無事故を更新しているくつした。
ちゃんと帰って来いよ。

追記。
さっき(22:30ころ)カミさんが庭へ出てみたら犬小屋の上にいたそうなw
満月の月明かりの中をのぞいてみたらいるいる。
どしたんだろな? なんのスイッチが入って家に寄り付かないんだろう?
チキンの称号を持つビビリ屋の心は読めんわ。

ま、無事ということで。
我が家の食事は朝と昼。夜は食べない。
そういう食習慣をもう10年以上は続けている。
自宅仕事で寝るのも早い僕は夕食を摂ると食ったらすぐに寝る時間になる。
それじゃ肥満街道まっしぐらだからいっそ夜は抜いてしまおう。
と、そういう流れで一日二食が朝と昼になったのだと思う。
付き合わされているカミさんにとっちゃ迷惑なのかも知れんが、
夜更かしの彼女は腹が減れば勝手に自分だけ食っているからそれでイイんだろう。

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朝と昼。
食卓に座ると末娘がやって来る。
ミーとかニャーとかフワーとか言いながらやって来て膝に飛び乗る。
体もお頭も軽い痩せっぽちのチビっ子ももう七歳か。
なあしましま。お前は歳を重ねるほどに母さんに似てくるな。
形のいい耳も、緑の目も、おでこの縞もエリカにそっくりだ。
お前の母さんは昨年の五月、あの国東で病に倒れたらしい。
雲のない夜にここから西の空を見上げれば、
エリカは双子座の星々に紛れた、
カストルとポルックスの近くで瞬いている星になったのかもしれないよ。
お前とくつしたを取り上げてしまったエリカへの罪悪感は消えないだろうなあ。
だからお前より先に死ぬわけにはいかんのだ。
というようなことを考えた退院の翌日。

Sacrifice - Sinnead O' Connor
月曜の外仕事中に突然背中に痛みを感じる。
僕は姿勢が悪い人なのでよく寝違えたり筋を捻ったりするから、
「ああ、またいつものやっちゃったな」と思っていたんだがなんか様子が違う。
全身に脂汗が出てきて、ちょうど車に乗っている時だったんだけど、
とても運転どころじゃなくて国道を反れ、どこかの家の畑に車を突っ込んでリタイア。
じっとしていれば良くなるかとタカを括っていたらどんどん症状は悪くなる。
救急車を呼ぼうとも考えたが気力を振り絞って仕事先まで戻り、
そのまま車の後部座席へ押し込まれて伊東の市民病院へ。

背中が痛いというのは所謂「アブナイ系」なんだそうな。
心筋梗塞とか大動脈解離とか、要は一刻を争う治療が必要な病気のことが多いんだと。
CT撮って、レントゲン撮って、血を採って、心電図取って、内視鏡撮って、
一通り検査したけどどこも悪くない。健康!のお墨付きもらってしもた。
が、背中の激痛は退くどころか強まるばかり。
月曜の夜は鎮痛の点滴が切れる度に七転八倒で冗談でなく死ぬと思たw
火曜、水曜と入院してなかなか原因分からず、今日の朝に内科から
整形外科の先生に回されたら壮絶な肉離れという診断で一件落着。
まだ痛みはあるものの入院していてもリハビリくらいしかすることないんで
退院すれば? と言われたので4日ぶりに我が家へ帰ってきました。
初めての入院生活で思ったこと。病院の飯も捨てたもんではないw

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この中華丼なんて熱々で美味しそうだったよ。
僕は食欲なくて匂い嗅いだだけでギブアップだったけど、
そこいらの不真面目な中華料理屋よりよっぽどちゃんとしてる気がしたぞ。
ご飯も味噌汁もおかずもちゃんと熱々なんだけど味が薄いのはいたしかたない。
味が薄いと料理の見た目も食欲を掻き立てなくなるよな。

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↓の写真は僕が時々食いに行く伊東市民御用達の定食屋さん。
レバニラ定食と冷奴(豆腐一丁丸ごとOrz)

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こうしてみると普段食べているものがいかに高カロリーで濃い味で巨量なのか?
ということがよく分かったりする。
だからなんなんだ? というわけではないが筋肉剥離の治療には、
※正しい姿勢を心がける
※栄養バランスを考えた食事を心がける
※ストレッチを継続する
なんだそうな。
できるかなあ、わたくしに (´・_・`)

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4日ぶりの対面もクールに無視を決め込む猫ども。
みなさま、お騒がせいたしました。
公約通り手製の猫本出来上がりました。
自己満足度かなり高し。
本を買ってくれた人だけでなく、小さな頃から我が家の猫どもを見守ってくれた
人たちにも進呈したいと思うけれど、届ける術が僕には想像できない。
どうしたら届くかな?

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本作りの休みも終わり、盆を過ぎたら途端に暑さが勢いを失くした。
いいや、まだまだ油断できまいが世間の人も夏はもう十分満喫したでしょ?
今週で世の夏休みもほとんどおしまい。
人と車が去って少しは静かになるかな伊豆半島。
毎度のことだけれど大型連休の最終日は普段の平日以上に閑散とするのだよ。
その寂寥っぷりといったら半端ない。
秋が嫌いだという人は、あの祭りの後の寂しさが堪えるんではなかろうか?

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今朝はロードスターで外仕事に出かけた。
涼しげな朝、畳んでおいたボディカバーの上で次男と三男がゴロ寝。
おいこら、それはお前らの布団じゃないんだぜ。
しかもバリバリに引っ掻いて穴開けちゃってやがるし (T_T)

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昼間はちょっと暑かったけれど湿度が低くて爽快。
昔の夏はこうだったよなあ。
日本で一番標高の低い「高原」は夜になるとひんやり。
廃れても別荘地。こうでなくちゃいかんわ。
この涼しさで調子に乗って、明日は餃子とかカレーとか作ろうかな?
本つくってます。

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和本は重ねた紙(折丁)を糸で縫うわけだけど、縫う糸と針は太いものなら
裁縫用でも構わない。本を作るからと言って特別なものは必要ないと僕は思う。
でもうちには太い裁縫用の針も糸もないから通販で探した。
そしたら今は和綴じ本を作るのも一つの趣味として定着してるんだそうな。

なんでもかんでもデジタルデジタル。という流れの中で消えつつある本。
今じゃ「自炊」とかいって本をバラバラに切り刻んでスキャナーで読み、
わざわざ電子書籍にする人が大勢いる。
こういうことを平気でやる人というのは、たとえば愛蔵のレコードやビデオを
デジタル化するときに、元のレコードやビデオテープを再生不能なまでに破壊しても
平気なんだろか? と考え込んでしまうのは僕がかつて本を作る側の人で、
尚且つ電子書籍よりも紙の本を手にすることに喜びを感じる人だからでせうか?

人それぞれにどんな理由があるのだとしても、僕は本を切り刻む人よりは、
ささやかな趣味で和本を作ろうとする人の方に共感や愛を感じる。
たぶん、これから先、本の価値というものは中に書かれていることよりも、
物としての価値に移行していくんじゃなかろうかと僕は思えてならない。
それは世がどんなにデジタル化してもモレスキンのノートが愛され続けるように、
機能よりも物としての存在自体が価値を主張していくんじゃなかろうかと。

僕は生理的に新しいものを毛嫌いする時代遅れな情弱人間になりつつある。
高圧コードで点火する4気筒の内燃機関を愛し、針と数字で情報を読み取る
メーターや時計を愛し、18金のペン先が描くブルーブラックのインクを愛し、
鍋で3分煮る即席の袋麺とショートニングを挟んだだけの菓子パンを愛する。
だけどその時代錯誤が誰かに迷惑をかけるわけではないだろう。
対外的には失礼のない程度に新技術や新方式を学んでおけばいいだろう。

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手で紙を折り、それを束ね、糊で背を固め、針と糸で縫う作業は楽しい。
それは僕がかつて製本屋さんだったからかも知れない。
そうだよ。オレは職人さんだったんだよ。
僕は自分の手が覚えていた「技」みたいなものを愛しく、そして誇らしく思った。
それがなんだか妙に嬉しかった。
なぜなら、自分の経歴や経験はすべてどこかへ置き忘れてしまい、
無口で無能な木偶の坊のように思われている今の僕の日常には、
誰かに対して誇らしく思えるものなど一つもなくなってしまったから。

人生いろいろ。猫たちがいるから生きていける。

Fausto Cigliano - 私だけの十字架
世の中多くの人が夏休み。伊豆半島は毎年恒例の阿鼻叫喚な数日間です。
道を走る車の3台に1台くらいが他県ナンバーという気がしなくもない。
ともかくすごいよ (´・_・`) アビキョーカン。

わたくしもこの休みを使って「本」を作ろうと企んでおりまして、
実はこの次の日曜に東京の三軒茶屋にあるCat's Meow Booksという本屋さんで、
なんと言うのか拙著の談話会みたいなものをやることになっておるのですわ。
いったいそこで何が語られるのかは本人が一番分かっていないんですがね、
クソ暑い中を出かけてきてくれた方にほんの気持ちのお土産を、ということで、
他人の手が入っていない完全オリジナルな抜粋本を作ろうかと考えた次第なのだ。
もっとも完全オリジナルというのはこのブログそのものなわけであって、
商売フィルターのかかっていない赤裸々な愚痴や独白を読みたいというならば、
原本はいつでも無料配布されているということになりますw

僕はもともと古い時代の製本屋さんだったから、針と糸と刷毛と糊を使って
所謂「手作り」で本を作る技術も一応は習得した覚えがある。
今じゃ頭で覚えていても手が負いつかないだろうと思うんだが、
ごく一般的な和本くらいなら老いぼれて忘れかけた手先でもなんとかなろう。
と思って20頁ほどの和綴じ本を作ってみることにしたのであった。

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三島大社と鰻で有名な三島に昔ながらの紙屋さんがあるというので、
表紙に使う和紙を買いに行ってきました。
おばさんとお婆ちゃんの中間ぐらいな、そこはかとなく上品な店主さんが一人で
営んでいる紙屋さん。ちょっと話し込んだら創業明治10年だそうな。
大正じゃなくて明治やぞ。
店も度重なるリフォームは施しているものの、基本的な構造は創業当時の
ままなんだらしい。「今時珍しいお店ですね」と言ったら、「お客さんに支えられて
いるんですわよ」と仰っておりました。
たとえばダイソーとかドンキホーテとかユニクロとかと違って、ああいう店を
支えるのはその土地の文化水準の高さだと僕は思う。すごいぞ三島市。

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製本には姫糊という糊を使うんだけど、姫糊よりも上等なヤマト糊を100円ショップで
調達。製本の針と麻糸は通販で。便利な世の中になったよなあ。昔はこんなもの
個人じゃなかなか手に入らなかったのにね。
では何十年かぶりで手仕事してみますか。
AERAという雑誌が拙著の書評を載せてくれた。
週刊文春にも載ったし大分合同新聞には恥ずかしながら写真まで出たw
で、そういうメディアで取り上げられる度に思うことがある。

それはもしかすると、うちの4兄妹を国東の山へ捨てた本人が、
どこかでその雑誌や新聞を見て、そしてひょっとすると僕の本を立ち読みしたりして、
「あ、こいつら私があの日、山の上の公園に捨てた子猫たちだわ」
とか思っているんじゃなかろうか? ということだ。
特に大分合同新聞なら地元の人がたくさん目にしている。
僕の記事が掲載された朝には何も告知などしていないにも関わらず、
新聞を見た国東の人からカミさんの元に何本もの電話がかかってきたものだ。
だから捨てた本人が見ていなくても隣近所から、「国東で猫を拾った人の話が
新聞に出ているぞ」と聞かされたかも知れない。
あの本には地元の人ならすぐに分かる航空写真も掲載されている。

僕は今まで敢えてこういうことは口にしないで来たけれど、
もししま兄と、ひでじと、ちーと、ぷーを捨てた人がこれを見ているなら言っておきたい。
あなたがあの日捨てた子猫たちは、こんなに立派な大人になりました。
なんてアホなことをオレが言うと思ったか?

2011年の10月4日に国東の里山に4匹の子猫を捨てたお前、
あんたは人間のクズだよ。ロクな死に方をしないから覚悟しとけよ。

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僕は卑小で下衆な人間だから罪も憎むし人も憎む。
けれどそんな軽蔑すべき人物にいつまでも心惑わされるのも愚かなことだよ。
だからこうして大っぴらに一言毒づいたからにはこれきりにしよう。
あの秋が深まっていく夕刻に僕は4匹の子猫を救ったのかも知れないが、
あの日から僕自身が4匹+2匹の猫たちに救われ続けてきたのもまた確かなこと。

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もう、嫌なことや悲しかったことはできる限り忘れてしまおう。
もう、つらかったことや悔しかったこともできる限り忘れてしまおう。
そして楽しかったことや、切ないほどきれいな思い出だけを心の隅に積んでおこう。
人生はそれほど長くないものだ。
無理に重い荷を背負うことなんてないんだよ。
僕はその生き方を猫たちから学んだ。
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