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ぶらりごろりぱくり

スーパーへ買い物に行ったらオハギ売ってた。
秋のお彼岸か。

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昼間はセミの声もすっかり消えて、
今日から少しずつ夜が長くなっていく。
明日は中秋の名月。
白い玉簾が路傍に咲いて、
紅い曼珠沙華がそこかしこに咲いて、
家の周りから蚊がいなくなれば本物の秋。
猫たちの冬毛も伸び始める。

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さっきから狭い狭い僕の部屋の中を、
小さな蛾がひらひらと飛び回っている。
蛾ならいいよ。
刺したりかゆくしたりしないから。
猫の寝息が聴こえるほど静かな夜。
これもまた田舎の有難さ。

帰ってきました。

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ご近所さんに世話をお願いしていた猫たちも元気。
大袈裟なお迎えなんぞないけれど、
近づいて顔を寄せればゴロゴロと彼らなりの喜びが聴こえる。

慌てず、騒がず、走らず、怒らず。
常に寡黙であれ。そして常にささやかであれ。
我が家の居心地が良いということに勝る幸福はない。
人にとっても、猫にとっても。


国東に来てこの家の窓から外を見ると、そこいらの草むらや草ぼうぼうの小径や、少し傾いだビニールハウスの陰から六兄弟姉妹の誰かがふいっと現れそうな気がする。

あいつらここで大きくなったんだよな。あの木に登って、あの森を走り回っていたんだよな。そんな思い出みたいなものが、妙な感傷と入り混じりながら胸中を満たしていく。

高校を卒業して都会へ出ていき、それきり故郷へ戻ってくるのは数年に一度。たまに帰って来たところで昔話になど付き合ってもくれず、瞬きしてる間に都会へ舞い戻ってしまう。そんな子を持つ老いた親など数多といるんだろう。



今は草に埋もれてしまったかつての猫の家や、両脇から森に侵食された山道に思い出を馳せても、家に戻れば六匹の猫たちがウジャウジャと群れている。
彼らは刺激と享楽を求めて都会へ出て行きはしないし、きっと最期の時まで僕やカミさんの傍にいるだろう。そういう意味じゃ僕らは孤独な老親ではない。
そしてそれは、幸せなことなんだろうな。

来る度に森に蝕まれていくこの家の周りを歩きながら、今朝はそんなことを考えておりました。今日も残暑が頑張りそうな国東半島の片隅。
昨日の朝7時に伊豆を出たんだが、おそらく三連休前、金曜日、雨とヤバい条件が重なってなんと羽田まで4時間もかかってしもた。もちろん今までの最悪記録を更新したのは言うまでもないが、人生で初めて飛行機に乗り遅れてしまいましたよ。
ゲートクローズぎりぎりにカミさんだけでも間に合うかと走ってもらったんで、その努力を買われて次の便に振り替えてもらえた。どうもありがとうでした、ソラシドエアのカウンターのおねいさん。これからもずっとソラシドエアにしますからね。

本当に渋滞というのは煙草以上に百害あって一利なしだわな。もうコレがないだけで田舎に住む価値はあると僕は思う。そして同じ田舎でも伊豆と国東ではずいぶん違う。
国東を出て来月で4年。
僕はこの頃ようやっと国東という土地を冷静に、必要以上にポジティブでもネガティブでもなしに考えられるようになった気がしている。それはきっと東京からいきなり伊豆へ来たり、国東から東京へ戻っていたら気づかなかったことのように思えてならない。
東京→国東→伊豆と動いたから見えてきたもの。うまく言えないけれども、それは土地の懐の深さみたいなもので、たとえ何ヶ月であろうと旅行に来ただけじゃ絶対に見えてこないものに違いない。僕は伊豆へ来た当初、都会からの観光客が運んで来る都会風にわくわくした。
けれど時が立つに連れ伊豆の、特に東海岸に殺到する観光客さんたちが及ぼす影響に気づいてきた。伊豆の東海岸は関東一円から殺到する観光客に寄生しながら成り立っていると思う。そしてそこから移住してくる人たちもまた頭や心は東京を向いたままのことが多い。

それがどういう土地の雰囲気を形成するかというとどこにも足がついていない、救い難いほどの薄っぺらさに思えてならない。国東に来てみて感じるのはドカーン根を下ろした潔さみたいなもので、やっぱり田舎に住むというのはこういうことなんだろうな? という気がしてならん。
伊豆も南伊豆や西伊豆ならもっと違うんだろうね。東伊豆の拭い難い安っぽさは、国東の広い空の下ではまるで陳腐な玩具のようにも感じる。

なんだお前、また国東に戻るんか? と言われそうだが伊豆に家買っちゃったしな。あの家気に入ってるし。屋根も直したしw で、結局何が言いたいのかというと、やっぱり場数は踏んでみるにこしたもとはないなという、ただそれだけの感想です。

あー、スマホで入力はしんどい。熱下がらないし。
夏の間ずっと逗留していたカミさんの従姉が帰って行った。
三人だった食卓も明日からは元の二人へ。

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居るだけで家の中がパーッと明るくなる彼女が去って、
夕方には西に傾いた陽射しや空気までがすっかり秋の気配。
このまま冷えていくとはとても思えないけれど、
夏祭りの後の一抹の寂しさが我が家の中をすり抜けていく。
猫たちの小さな額にも「一人足りないよ」と書いてあったりするもの。

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出たり入ったりで一年のうち半分くらいは我が家に逗留している彼女。
またひと月かふた月ぐらいするとやって来るんじゃないのかw
夏の間に伸びまくってしまった草刈りをして、
寝るときにかけるタオルケットがフリースになる頃には、
このちょっと切ない寂しさも薄れてしまうだろう。

今夜は窓から入る夜風が心地よく冷えて、
久々にコーヒーが美味しい夜なのでした。
車の保険証書を探していたらこんなもん見つけた。

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僕がスカイライン・ピジョンを初めて聴いたのは17歳のとき。
友達のジローくんから借りて聴いた。
このシングル盤はジローくんの兄貴のものだったはず。
返しそびれたんじゃなくてわざと返さなかったんだ。
ごめんな、ジロー。

17歳の僕はバーニー・トーピンの訳詞を見ながらこの歌を聴いて、
そうだよ、オレは黄昏の煉瓦道を通って都会の喧騒を抜け出し、
青い空と緑の稜線の向こうで暮らすんだ! と息巻いていたっけw
17歳の僕がこのシングル盤を擦り切れるほど聴いていたのは、
いま僕が住んでいる緑に埋もれた家が建てられた年。
奇遇だなあ。

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もう僕はビニールのアナログレコードを再生する装置を持っていない。
傷だらけの黒い盤面を見つめながらプチッ、プチッっていう雑音を想像して、
デジタルとは違う一塊になった音の洪水を思い出している。
今はもうmp3しかないけれど、何年かぶりでこの歌を聴いてみたら泣けた (´・_・`)

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東京を離れて7年。
僕は紛うことなき正真正銘の田舎者になりつつある。
それは確かに痛快で、またシミジミとした喜びでもある。
伊豆の海沿いの国道は都会人の浮かれたバカ騒ぎ。
けれど8月の終わりを数日後に控えて人の波も引きつつある。
ロードスターで仕事へ向かう道は環七でも第一京浜でもない山道。
狂ったように鳴いていたセミたちの声も確かに盛りを過ぎたかな。
早く天城の稜線から秋が下りてきますように。

Elton John - Skyline Pigeon
公約通り手製の猫本出来上がりました。
自己満足度かなり高し。
本を買ってくれた人だけでなく、小さな頃から我が家の猫どもを見守ってくれた
人たちにも進呈したいと思うけれど、届ける術が僕には想像できない。
どうしたら届くかな?

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本作りの休みも終わり、盆を過ぎたら途端に暑さが勢いを失くした。
いいや、まだまだ油断できまいが世間の人も夏はもう十分満喫したでしょ?
今週で世の夏休みもほとんどおしまい。
人と車が去って少しは静かになるかな伊豆半島。
毎度のことだけれど大型連休の最終日は普段の平日以上に閑散とするのだよ。
その寂寥っぷりといったら半端ない。
秋が嫌いだという人は、あの祭りの後の寂しさが堪えるんではなかろうか?

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今朝はロードスターで外仕事に出かけた。
涼しげな朝、畳んでおいたボディカバーの上で次男と三男がゴロ寝。
おいこら、それはお前らの布団じゃないんだぜ。
しかもバリバリに引っ掻いて穴開けちゃってやがるし (T_T)

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昼間はちょっと暑かったけれど湿度が低くて爽快。
昔の夏はこうだったよなあ。
日本で一番標高の低い「高原」は夜になるとひんやり。
廃れても別荘地。こうでなくちゃいかんわ。
この涼しさで調子に乗って、明日は餃子とかカレーとか作ろうかな?
世の中多くの人が夏休み。伊豆半島は毎年恒例の阿鼻叫喚な数日間です。
道を走る車の3台に1台くらいが他県ナンバーという気がしなくもない。
ともかくすごいよ (´・_・`) アビキョーカン。

わたくしもこの休みを使って「本」を作ろうと企んでおりまして、
実はこの次の日曜に東京の三軒茶屋にあるCat's Meow Booksという本屋さんで、
なんと言うのか拙著の談話会みたいなものをやることになっておるのですわ。
いったいそこで何が語られるのかは本人が一番分かっていないんですがね、
クソ暑い中を出かけてきてくれた方にほんの気持ちのお土産を、ということで、
他人の手が入っていない完全オリジナルな抜粋本を作ろうかと考えた次第なのだ。
もっとも完全オリジナルというのはこのブログそのものなわけであって、
商売フィルターのかかっていない赤裸々な愚痴や独白を読みたいというならば、
原本はいつでも無料配布されているということになりますw

僕はもともと古い時代の製本屋さんだったから、針と糸と刷毛と糊を使って
所謂「手作り」で本を作る技術も一応は習得した覚えがある。
今じゃ頭で覚えていても手が負いつかないだろうと思うんだが、
ごく一般的な和本くらいなら老いぼれて忘れかけた手先でもなんとかなろう。
と思って20頁ほどの和綴じ本を作ってみることにしたのであった。

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三島大社と鰻で有名な三島に昔ながらの紙屋さんがあるというので、
表紙に使う和紙を買いに行ってきました。
おばさんとお婆ちゃんの中間ぐらいな、そこはかとなく上品な店主さんが一人で
営んでいる紙屋さん。ちょっと話し込んだら創業明治10年だそうな。
大正じゃなくて明治やぞ。
店も度重なるリフォームは施しているものの、基本的な構造は創業当時の
ままなんだらしい。「今時珍しいお店ですね」と言ったら、「お客さんに支えられて
いるんですわよ」と仰っておりました。
たとえばダイソーとかドンキホーテとかユニクロとかと違って、ああいう店を
支えるのはその土地の文化水準の高さだと僕は思う。すごいぞ三島市。

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製本には姫糊という糊を使うんだけど、姫糊よりも上等なヤマト糊を100円ショップで
調達。製本の針と麻糸は通販で。便利な世の中になったよなあ。昔はこんなもの
個人じゃなかなか手に入らなかったのにね。
では何十年かぶりで手仕事してみますか。
8月か。
8月と言われると、なんだか暑くてもしょーがねえよな、とか思えてしまう。
ホントは8月だろうが2月だろうが暑いのは勘弁してほしいんですけどね。
今朝はね、600円払って粗大ごみを出した。
先日壊れちゃったガーデンシュレッダーってやつ。

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これ、剪定した木の枝をチップ状に破砕してくれる機械で、
前の住人さんが引っ越すときに置いて行ってくれたものなんですな。
僕が使ったのは5、6回だと思うけど、それまでだいぶ酷使されていたらしく、
枝を粉砕するミル状の刃がすり減ってお役目御免になってしまった。
で、新しいのに買い替えたわけ。
粗大ゴミなんて出すのはたぶん東京の家を引き払った時以来。
他にも捨てたいものは色々あるんだが、なまじ物入れの多い家に住んでると
いつか捨てればいいや、みたいなかんじでどんどんゴミが溜まってしまうのであった。
廃タイヤとかガスコンロとかポンコツはさっさと捨てたいよなあ・・・。

ポンコツと言えば仕事が休みのたびにロードスターのエアコンを直そうと思い、
もう部品や冷媒も買ってあるんだけどあまりの暑さにめげてしまいます。
今度の週末こそ頑張って! というか腹をくくってやるので勘弁してください。
だって暑いうちにやらないと意味ないじゃん。
とか思っていたらカミさんの部屋のエアコンが壊れたとか言い出して冷や汗。
室外機の電気トラブルというエラーが出てランプがピカピカ。まじかよ。
でもフィルター掃除してテキトーにいじってたら動き始めた (´・_・`)
この時期にエアコン壊れたら死ぬで。修理だってすぐには来てくれないだろうし。
どうかこのまま壊れませんように。

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粗大ごみを出して回収票を貼り付けていたら次女のぷーがやってきた。
我が家の猫で唯一マイルームを与えられている猫嫌いのぷー。
外で遊ぶか2階で寝ているかで、飯の時以外は下へ降りてこない。
2階はカミさんの部屋だから彼女のカメラには室内のぷーもあるだろうと思うが、
僕が撮る次女の写真はどれも外で撮ったものばかり。
ぷーはうちへきた子猫の頃からちょっと変わったやつだったんだよね。
マイペースというか、しれーっとしているというか、
何を考えているのか分からない謎の女w
その訳の分からなさと掴みどころのなさがぷーの魅力でもある。
そうだよ、人も猫も筋が通ってりゃイイってもんじゃないんだぜ。

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そして午後のデッキでは次男と三男がドテーッ。
さて、今日から葉月。

Slade - Cum On Feel The Noize
台風? 何それ? 美味いんか?

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SKIN:Babyish-