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ぶらりごろりぱくり

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昨年まで好評だった机の下の長女用amazon部屋。今年もじわじわとも冷えて来たので設えてみた。更なる暖かさアップを狙って今までのフリースではなく、厚くてふかふかのボアを敷いてやったらどうも女王様のお気に召さんらしいw
なんすかこれ? みたいな顔で僕を見上げて鼻で笑い、使い古したしまむらのクッションで惰眠を貪る。

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僕らがかわいい猫ちゃんのためにと思ってしたことは、たいていの場合無慈悲で無残に裏切られたりする。
きっと猫たちは人間の尺度で考えた快適さとか、美味しさとか、清潔さとか、そんなものには興味も関心も感謝もなく、もっと単純明快で、もっと純粋無垢な、彼ら基準での心地良さが欲しいだけなんだろう。

つまり彼らに悪意があるわけじゃないのさ。
そうだよ、悪意なんて人間だけが持っている忌まわしいものだ。彼らには一切の遠慮などなく、彼らには一片の気兼ねもない。彼らは常に呆れるほど自分の心に正直なだけ。
だから猫たちはいつだって嘘なんかついたりはしない。自分を良く見せようともしない。
もし彼らが人間の誠意に報いてくれることがあるのだとしたら、それは今日一日を共につつがなく生きてくれたというだけなのかも知れん。

ただ健やかであれ。
そう祈る以外、いったい僕らは猫たちに何を望むのだ?

そろそろこんな季節の始まり。

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まだ星の残る明け方の寒空を駆けて、
猫たちが次々に猫ドアに飛び込んでくる。
そして机に向かっている僕を見上げ、
ニャーニャーとしきりに報告している。
きっとどこで何をしてきたとか、
どこの誰かと遊んできたとか、
もうお腹ペコペコだよとか、
そんなことを言っているんだろう。
額と身体を僕の足に擦り付けるのが、
猫たちにとっての「ただいま」なんだな。

彼らは人間に比べて4倍早く生き急いでいる。
僕の1秒は彼らにとっての4秒。
僕の生きる1日は彼らの4日に等しい。
だから猫たちがまとわりついてきたときは、
どんなに忙しくても1分くらいは猫たちと戯れてみる。
たかが1分と言うなかれ。だって僕が注ぐ愛情を、
彼らは4倍増しで感じているか知れんじゃないか。
今は手が離せないと人間の都合で彼らを邪険にすると、
猫たちはあっという間に人生を駆け抜けてしまうぞ。

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彼らの喜びや苦痛を聞き逃したらいかんよ。
猫たちの声にはいつも耳を澄ますんだ。
なぜかといえば、
彼らの声が僕へ届くには4倍時間がかかるのだから。

仕事で宇佐美を通りかかったから「あじ一」の干物を買ってきた。大きさによって120円、150円、180円、200円なんで、大き過ぎず小さ過ぎずな150円のを6枚ゲット。

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以前はお猫様の分などなかったんだが、台所で干物を焼き始めた時点でオール猫どもが三々五々集まってくる。
そして「いただきまーす」と箸を持てば6匹がワラワラと食事中の足元やテーブルの上へ群がって来て阿鼻叫喚。「ハイハイわかりました」と召使い夫婦が各自に少しずつ取り分けて差し上げても、全お猫様の気が済む頃にゃ皿には頭とゼンゴと背骨しか残っていないんだわ (T_T)

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だからいつの頃からかまず初めに猫ちゃん様の分を2枚焼き、それを6等分して皆に食わせ、毛繕いを終えた彼らが遊びに出かけてから召使い夫婦の餌を焼き始めるようになった。そうすれば落ち着いて食事ができるし、なんといっても頭と骨以外のおいしい身をちゃんと食べることが出来るのさ。へへへ、実は召使いの方が数段賢いのだ。

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僕もかつてはカリカリ以外一切他のものは食べさせない、という断固たる信念をもって猫に接していた時期もありました。でもね、たくさんの猫を看取ってくると、後悔先に立たずという言葉ばかりが耳元へ響き残るようになる。
もっとああしてやれば良かった、もっとこうしてあげれば良かったと、看取った猫たちを思い出す度にそんなことばかり考えるようになる。
その結果僕はだんだんと甘くなり、だんだんと弱気になり、まあちょっとぐらいならいいか? これくらいなら害はないよな? という感じでおやつやカリカリへのトッピングに手を染めるようになったw

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それでも愛情溢れる優しい飼い主さんに比べりゃ、我が家の日常はかなりな粗食だと思う。しかし近頃じゃうちの奥様もこんなものを買ってくるほどに堕落してしまったのだ。

猫飼い40年のわたくし曰く、
猫孝行、したい時に猫はなし。

昨夜は寒くて夜中に毛布を一枚追加したけど、それでもこの辺りの最低気温はまだ10度台の後半。気温のアメダスを見たら内陸じゃもう一桁前半じゃないか。朝晩はどこもストーブ全開だろね。やっぱり海の近くは暖かいんだな。

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昨夜は珍しく長男のしま兄が布団に入ってきた。歳を取る毎に気難しくなって、この頃じゃ虫の居所が悪いと撫でている手をガブリと噛んだりしくさるw どうも腰の辺りを触られるのが嫌みたいなのだ。
ひょっとして痛みでもあるのかな? と気にしていたんだが、機嫌のいい時だと普通に撫で回しても大丈夫だから痛いとかではないんだろう。

そんな気難しい長男だが、僕が日曜日の庭でコーヒーなど飲んでいるとニャニャニャと寄って来て膝の上に乗ったりする。体重6キロだからかなり重いけどがまんがまん。
ゴロゴロ喉を鳴らしながらいつまでも下りようとしない。時々僕の顔を見上げては子供の頃からのハスキーボイスでニャっと何か言う。そうだよなあ、兄妹一番の気難し屋だからって腹の底までねじ曲がっている訳じゃないんだよな。
甘えっ子。いじめっ子。駄々っ子。
猫だっていろいろだ。煩いのもいるし大人しいのもいる。苛めるのがいれば苛められるのもいる。だけどうちの猫たちはみんなイイ子だ、とほざくのはきっと僕が親バカなだけだろう。

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昨夜布団から出たしま兄は明け方まで枕の上で寝ていた。うんこ臭いケツが僕の顔の前にあっても、彼がそこで寝たいのなら寝かせてやればいいのだ。喧嘩は連戦連敗の気難し屋だって、ホントは人間と一緒に寝たい優しい甘えっ子だったりするんだぜ。

amazonのポータルへ行くと「あなたへのおすすめ」みたいなお節介サービスがありますよね。そこに猫の全自動トイレってのがあって、写真につられて見てみたらなんとお値段6万円以上。
いやあ、すげえなあ、コレ。

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キャットロボット Open Air (オープンエアー)

しかも結構レビューが載っていて、世の中にはお金持ちがおるんだなあと感心してしまった。さらに驚くべきことなんだが、この商品を販売している日本の代理店には「清掃サービス」まであるんだわ。つまり金を払うと全自動トイレを手洗いしてくれるらしい。
もうこれ以上僕の本心を書くとあらぬ批判や罵倒を受けそうだから止めておいて、世の中には色々な人や色々な世界があるのだと思い、一切は見なかったことにしておこうw

しかしな、当の猫たちにとっちゃ1台6万円以上するトイレだって、新聞紙を切り細裂いた段ボールだって大差ないわけだよな。だって猫は自分でトイレ掃除するわけじゃないんだから。
よその家はどうだか知らんが、少なくともうちの猫たちは人間のことを全自動給仕器、全自動掃除機、全自動ドア、全自動マッサージ器、全自動冷暖房機くらいにしか思っていないんじゃないか?
そんな奴隷の如き使役を命じられても嬉々としてそれに準じ、自らの稼ぎまで大量に注ぎ込んでヘラヘラしている僕やカミさんは、もはやアブノーマルな嗜虐嗜好者なのだろう。

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岩清水弘はきみのためなら死ねると言ったが、僕もいつの日か猫に向かってそう叫んでみたい。でもきっと猫は、なんだメシの時間じゃないのか? と大あくびするだけだろう。
なあ、くつした。
お前いつから全自動猫トイレのモデルやってたんや?

国東から伊豆へ引っ越して4年が経ったけれど、猫を連れた引っ越しについて書いてはどうか? と、たまーに誰かから言われることがある。

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確かにそういうことの指南を獣医さんや、動物ナンタラ資格士みたいな人に仰いだところで、どこかに書いてあるような通り一遍の答しか返って来ないだろうなと思えてならない。
だってそういう人たちは小動物の生態についちゃ専門家かも知れんが、引っ越しの専門家ではないもんなあ。引っ越しのことは引っ越し屋さんに聞くべきだが、引っ越し屋さんは猫のプロではないから世の中うまく出来ていない。

つまりこういう情報は、2つの全く異なる要素を組み合わせた各々の体験からしか発せられてこないわけで、どんな専門家よりも個人の体験談のほうがより現実に即しているのに違いない。
だからお前も恨みつらみや愚痴ばかり書いていないで、たまには人様の役に立つようなことを綴ってみたらどうだ? というのが猫の引っ越しについて書けという人の真意なんだろうが、世の中にはなんの役にも立たないが故に人の心へ深く染み入ってくるものもあるのだよ。

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馬や牛は荷車を曳いたり畑を耕したりし、犬は家の番をし羊を追ったりもする。それに比して一般的に猫はなんの役にも立たないと言われる。
けれど農耕牛や農耕馬の代わりは耕耘機に務まり、番犬の代わりはセコムがやってくれるが、猫の代わりは何物にも務まらないではないか。
確かに6匹+1000kmの引っ越し顛末は、ひょっとしたらこれから猫を連れて住まいを移す誰かの助けになるのかも知れない。けれど僕は自分の書くものが世の中に対して実用的な貢献など微塵もしなくていいと思う。その代り、誰かの喉を潤す一杯の湧き水や、誰かの寒さを癒す一杯の甘いココアみたいなものであればいいといつも願っている。
僕にとっての猫たちがそうであるように。

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でもいつか、あんなこともあったなあと僕が懐かしく引っ越しのことを思い出す日が来たら、あの時はこうだったああだったと薄れゆく思い出を語ってみるかも知れないなあ。


10月4日。今日は猫たちの合同誕生日w
元野良の兄妹はたぶん2月か3月の生まれ。
元捨て猫の4兄妹はたぶん6月か7月の生まれ。
でもいちいちめんどくさいから4兄妹を拾い上げた10月4日に
まとめて全員の誕生日ということにしています。

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うちはバースデーケーキを奢るでもなく、
給料3か月分のダイアモンドをプレゼントするでもなく、
どこぞの高級温泉旅館へ一泊旅行に出かけるでもない。
レトルトの「黒缶」っていうキャットフードをあげるだけ。
当の猫たちはそんな理由など知る由もなく、
ただいつもより美味いものを貰えるだけで狂喜乱舞。
幸せは金額じゃないんだよ。

人も猫も自らが望んでこの世界に生まれ落ちたわけじゃない。
どこかで一つか二つ間違えば、思いもつかないような
悲惨な目に遭っていたかも知れないんだよな。
だから僕にとっても、カミさんにとっても、そして猫たちに
とっても、7年前の出会いは国東の山で草むらの中から
細やかな幸福の種を拾い上げたようなものなのか知れん。

時は経ち、少年少女は歳を重ね、
六匹の猫団子は今や七年の彼方。
けれどこうして一年、
皆で変わりなく四つの季節を見送れたではないか。
それに勝る褒美が他にあろうか? と思う。
今度の台風が頭の上を流れていったら、
また一つ季節を数えるのさ。

今日から神無月。
台風一過で秋がやって来るかというとそんなことはなく、
けれどやっぱり夏ではない暑さだった10月1日。
陽が沈んだらすぅーっと涼しくなってきた。

夏が終わると猫バトルのシーズン幕開け。
というか、既に闘いの火蓋は切って落とされているのだ。
もうこれから来年の春先まで長男と次男の小競り合いが
続いて、たいてい一回ぐらいは流血の大バトルに発展する。
よその猫が相手なら分かるが何故兄弟でそこまでやるかね?
とは言ってもそれが男の世界なんだろう。

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長男・しま兄。
闘っては負け。闘っては負け。そしてまた闘っては負ける。
歳を取る毎に気難しくなり、六兄妹の中で次女のぷーと共に
猫嫌いに磨きをかけて孤高の道を彷徨っているのだ。
人間には甘えるけれど他の姉妹たちとは交わらない。
クッションや毛布や猫ベッドを設えてやっても使わず、
埃だらけなピアノの下や、真っ暗な脱衣所の隅で寝る奴。

だけど僕はそんな彼の気持ちが分かるような気がする。
いつか猫の言葉を話せる日が来たら、
冬の午後の暖かな陽だまりの中で彼に聞いてみたい。
なんでお前はいつも一人でいるんだ? と。
なんでお前はいつも薄汚い部屋の隅で寝るんだ? と。

しま兄がなんと答えるかは分からないけれど、
どんな答であっても僕は彼の言い分に納得すると思う。
なぜなら、僕も猫は好きだが人は苦手だから。
なぜなら、僕も高級ホテルより木賃宿が好きだから。
なぜなら、大勢でいるよりも一人でいるのが好きだから。
そして自分の美学を守るためなら闘う決意があるから。
そして偉そうなことを口にする割にはデブだから。

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一家の長男しま兄。
猫エイズ陽性だけどドーンといこうやw

Marianne Faithfull - The Gypsy Faerie Queen
二軒隣にお住まいななんとかスパニエルのレディさん。

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レディさんの散歩代行を時々頼まれるんだが、彼女の
保護者であるAさん宅には「ミュー」と「マイキー」という
ニャンコもいるのだ。
だからワンコは朝晩2回の散歩とお給仕。
ニャンコ2匹はカリカリの補充とトイレ掃除を仰せつかる。
Aさんとはお互いに家の鍵も預け合っているから、電話か
メール一本で「明日お願い」といえばそれで済むんだよね。
病院やペットホテルへ預けたりするより、ワンコやニャンコ
たちにとっては遥かに精神的負担は少ないだろうと思う。
やっぱりね、自分の家にいるのが一番落ち着く筈だよな。

うちの猫たちもレディさんとはもう顔馴染み。
だから朝夕の散歩には一緒にくっついて来たりもする。
僕は正直言うとあんまりワンコが得意ではないんだが、
たまに散歩するぐらいが丁度いいかな? というかんじ。
遊びに来た姪っ子にちょっとだけ付き合うような、
そのくらいの距離感が息苦しくなくてイイんですわ。
で、散歩代行のお土産に貰ったポンパドールのフランス
パンをカミさんがフレンチトーストにした。

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元のパンが美味しいと旨さ倍増なのさ。

この頃は朝晩すっかり涼しくなったせいか、
長女が布団へ入ってくるようになった。
現金なやつめとか、調子のいいやつめ、とは思わずに、
オイオイ可愛いじゃないのと喜ぶのは馬鹿の証。
長女だの、名前はちーだのと当たり前の顔で生きてはいるが、
7年前別の人に拾われていたら今頃は別な名前をつけられて、
もっとふかふかの高級羽根布団で寝ていたかも知れない。
しょせん猫なんてそんなもの。
飼い主を選んで拾われたわけでもないしな。

秋の深まる無人の里山へぽいっと捨てられたのに、
物好きなおっさんに拾われて二食寝床つきの快適な暮らし。
猫たちにとっちゃ宝くじを引き当てたようなものだと思うが、
実は人間にとっても山で一等賞の当たりを拾ったようなもの。

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それをこの世では「縁」とか「偶然」とか呼ぶのだろう。
現実の宝くじやサッカーくじはいくら買っても当たらんけれど、
僕は猫くじなら今までに何度も大当たりに巡り合っている。
猫くじの大当たりは賞金がもらえるのではなく、
怪我だの病気だのの度に高額の賞金を巻き上げられるのだ。
そんな大当たりを連発している僕は幸運なのか?
いいや、ただのバカだろな。
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