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ぶらりごろりぱくり

今週は、僕的にはちょっとハードな外仕事週間。
朝出て暗くなってから帰ってくる。
暗くなるのは日が短くなったからで、
夜遅くまで残業してる人には比べるまでもないけど。

うちの猫たちは我が家に来た時からずーっと、
いつでも僕やカミさんが家にいるのは当たり前の暮らし。
だからたまに丸一日家を空けて帰ってくると、
どいつもこいつも不満気な顔で僕を見上げる。
べったり長女のちーは特に文句が多めで、
小さな額に縦皺を刻んでギャーギャー喚く。

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別に遊んできたわけじゃないんだぜ。
と、ぐにゃぐにゃに撫で回すと、
激しく嫌がりながらも喉がゴロゴロ。
僕の中で一日分の疲労が、
人間よりも少しだけ暖かい猫の体温と、
骨がないようなあのぐにゃぐにゃさに溶けていく。

僕にとって猫たちは至上の精神安定剤。
麻薬以上に強烈な中毒性がちょっと厄介。

やっと完治して帰宅のロードスター。

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結局初めに載せたヤフオク・ミッションが駄目だったんでリビルト品を探してもらって再度載せ替え。ついでだからと幾つかヤバそうな部品も替えてもらいました。
型式の合うオートマチックのミッションがなかなか見つからなくて、一時はもうお手上げかと諦めかけた。ロードスターっていう車の性格からもマニュアルならあるんだけどATはほとんどない。しかも26年前の車でしょ? 当時はまだ今みたいにAT全盛じゃなかったもんね。
今日ようやっと引き取りに行ったんだけど、工賃も随分とサービスしてくれて有難いことです。昭和の古い車を多く扱ってる工場なんで、維持することの大変さを分かっているんだろうと思う。
また走るようになったというだけで嬉しくて嬉しくて。こんなに嬉しかったことって近年あまりなかったかもね。

工場の事務所で話をしていたらニャンコが2匹出てきて、これが全然人見知りしない可愛い子。
なんでも以前は30匹くらい飼っていたらしいんだけど、その猫たちが皆往生してからは二度と飼うまいと誓ったんだそうな。でもつい最近になってゴミ捨て場に捨てられていた子猫と、娘さんがどこかで保護してきた子猫を引き取ったらしい。
小っちゃな工場の年配なご夫婦なんだが、やっぱり猫好きの人は話し出すと表情で分かるんだわ。ああ、この人ホントに猫が好きなんだなって。特に野良や捨て子を保護する人には筋金入りの猫好きが多いw 車のことより猫の話で盛り上がってしまいました。
工賃おまけしてくれたから僕の拙著でも進呈しようかな?

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帰ってきて一連のドタバタで散らかっていた車内とトランクを片づけ、ちょっと弱っていたバッテリーを充電して一件落着。次男坊が手伝いに来てくれたけど邪魔するばかりでなんの役にも立たず。
いいんですよ、役に立たないのが猫の役目なんだから。

今週は外仕事が休みなので今日は庭木の剪定。
道路に出張っている枝を放っておくと、口うるさい人に文句を言われたり自治会に密告されたりするぞw
うちの前なんてほとんど誰も通らないんだが、一応わたくしは地区の副会長と班長を兼任する偉い役職人なのだ。だから率先して街の美化に努めねばならない。というか、いつかは切らなきゃいけないから暇な時に切っておくのさ。

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キレの悪い剪定バサミでちょきちょきちょき。
あっという間に一輪車2杯分の杉と檜が山盛り。誰かクリスマスの飾りに要りますか? そういえばこの前羽田空港で買い物をしたときはすっかりクリスマスムードだったなあ。田舎は眠気を誘うけれど都会は夢を掻き立てるよ。
1時間半ほどかけてあっちで伸び狂っている薔薇を切ったり、こっちでボーボーになったツツジを切ったりして、11月の下旬だというのに汗びっしょりになってしもた。

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いつでもどこでもベッタリついてくる長女のちーと庭でお茶していたら、どこかでグオー! ギャオー! という兄弟喧嘩の声。
水道のホースを片手に駆け付けたんだが間に合わず、闘いのゴングが鳴り響いてしまった。というわけで長男と次男のガチバトル開始。もうがっぷり四つに組んで、頭からホースの水をドバドバかけても離れやしない。
久々の壮絶なバトルを制したのはやっぱりひでじ。連戦連敗の長男しま兄は左の耳たぶから激しく出血で過呼吸状態。

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毎年今頃になると必ず一回は流血の惨事が起きる。ご飯は等しく貰えるのだし寝床は幾らでもあるのに、いったい何が彼らの闘志にここまで火をつけるのだろう?
怒りの雄叫びをあげながら転げまわる男兄弟の横を、ツンデレの長女が涼しい顔ですり抜けて家の中へ消えていく。この温度差が、僕には男喧嘩の無意味さや空疎さを物語っているように思える。

ううむ。しま兄の傷口が化膿しませんように。
これまで15年くらいの間、毎年春と秋には蓼科のキャンプ場でバンガローを借りて一夜宴会を続けてきたのだが、この春先にそのキャンプ場が突然閉鎖になってしもた。
んで別の遊び場所を探すのが面倒だったので放っておいたら、僕以外の誰もが同様に面倒だったらしく、代替地が見つからないまま春も秋もシレーっとお流れになりました。
結局のところ次の場所を探すやつがいなかったということは、自分を含めてあの催しの継続を望んでいる人が誰もいなかったということなんだろうね。まあ15年もやってりゃそうもなるかw
と、それはともかく、春秋の蓼科宴会がなくなったせいで、今年はとうとう秋の信州へ行く理由や機会を失くしてしまったのでした。それはそれでちと寂しい (T_T)

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信州の秋は終わっても伊豆の秋はこれからが本番。
とまれかくまれ、桃栗三年柿八年と人の言う。
この銀杏は国東からここへ引っ越してきたときに奥さんと、「何か記念樹みたいなものを植えようか?」と考えて苗木を買ってきたもの。その時は幹の太さも鉛筆2本分くらいしかなかったし、背丈も僕の腰より低かったっけ。
あれから4回目の秋が来て、今はもう小さいながらもいっちょまえに銀杏の姿をして、いっちょまえに美しく色づいたりしてみせるのだ。

うちの庭の真ん中には大きな枝垂桜の木があって、毎年3月の終わりには見事な花を咲かせる。僕がはるばる大分からこの家を見に来て、一発で気に入った理由の半分くらいは、そのシンボルツリーたる高さ10m近い桜の木だったのですよ。
文化や流行の渦巻く都会から遠く離れた田舎だけど、自分の家の庭にこんな桜の大木があるなんて嬉しいじゃないの。

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先住者さんから受け取った古い設計図面によれば、この家が建てられたのは1977年。国土地理院の航空写真閲覧サービスで見ると、確かに1976年の写真には家がなく、2年後の1978年の写真には母屋が写っている。でも当時の家の周りに木はほとんどない。ということは、庭の桜も始めは鉛筆2本分くらいの太さで、腰の高さまでしかない苗木だったのかも知れない。そんなちびっ子の木だって、40年もするとあんな立派な大木に育つのだな。
と考えながら、僕は小っちゃな銀杏の木に40年前の高校生だった自分を重ねてみたりするのであった。

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あれから40年を経た僕は何者にもなれず、何物をも残せず、ただ桜の木の下で猫たちと呆けるだけの人間になったけれど、庭の隅で健気に育つ小さな銀杏の木は、これから40年間精進すれば神宮外苑の銀杏並木のように、いつかは立派な姿になれるのか知れん。
雨にも風にも害虫にも負けず頑張って生き抜けよ。

でもその頃にはもう僕は生きていないんだろうなと思うw

今日は伊豆の山の麓から東京日帰り。国東から戻った奥さんを羽田まで迎えに行ってきた。珍しく道が空いていたけれど、それでも往復6時間弱。6時間くらい車に乗るのはへっちゃらなんだけどね、やっぱり車の多い都会を走るのは精神的に疲れると思う。
田舎に住んでいると基準というものの何もかもが緩くなっていって、それも色んな意味じゃ良し悪しなんだが、急がず慌てず騒がずみたいな世界観がいつか当たり前になっていく。
僕は昔から満員電車なんてものをあまり経験したことのない幸運な人だけど、今の僕はたとえ満員でなかったとしても通勤電車のあの長椅子に座る時の、隣の人との距離感というか密着感は想像しただけで溜息が出る。これが田舎における隣との距離感覚なんだろうな。

都会に住んでいる人のツイッターとかを見ていると美味しそうな食べ物や、きれいな雑貨や文房具や、近代的な建築や文化的な催事の写真が溢れている。
都会の匂いというものはそこに集う人間が創り出すもので、田舎の匂いというのはそこにある土地が醸し出すもの。
どちらが好きかは人それぞれなんだろうが、僕は人生の半分くらいを都会で楽しんだから、残りは目先を変えて田舎でもいいじゃん? とか思ったりもする。

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というか、心身がこの緩い速度と距離感に慣れてしまった今、もう都会の真ん中には住めないんじゃなかろうかと思えてならない。最先端の世界は若い世代に任せて、年寄りは6時間かけて往復した褒美に昔ながらの土産で満足していればよい。
と、何を成した訳でもない一介の能無しが偉そうなことを言っても、誰かの耳には都落ちの捨て台詞にしか聞こえないだろう。

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でも猫に囲まれ、舟和のイモ羊羹と崎陽軒のシウマイがあれば田舎者は幸せになれる。なんと安上がりな人間ではないですか。
Simon & Garfunkel - Scarborough Fair

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